Thiangazoleの全合成

Safracin Bに続いてMui Cheungが全合成を終えたのがthiangazoleである。私が東大に移る前に開始して、移ってからMarco Ciufoliniの指導の下に行ったのだが、例によって日本でガタガタしている時で、後で論文を出そうと思いながら延び延びになって結局日の目を見なかった。2つも論文を出さなかったので、私がMuiに対して終生負い目をおっているのも無理はない。しかし、thiangazoleの合成はtantazole Bの合成を少し変更しただけなので、なかなか論文を書く気になれなかったというのが本音である(説得力のない言い訳ではあるけど)。Thiangazoleはドイツで発酵産物として単離構造決定され、HIVウィルスに抑制効果があると報告された。早速いくつかのグループが全合成を開始したのだが、後にそれほどHIVに対しては効果が無いということが判明し、「なーんだ」という結末になった化合物である。

Mui Cheung, Ph.D. Dissertation, Rice University, 1997.

Thiangazoleの方がtantazole Bより一つオキサゾリン環が少ないことと、先端部分が違うのが特徴である。「Tantazole Bの全合成」を先にご覧になってから本項に進まれたい。
Hawaii大学のDick Moore教授がハワイ近海の藻から単離したのがtantazole類や次ページのmirabazole類だが先端のオキサゾリンに結合したメチル基の立体化学が間違って報告されていた(ここではMooreが報告した構造を示してある)。この点は我々がtantazole Bの全合成に従事して確定した。なお、thiangazoleの先端部分のメチル基の立体化学はtantazole類とは違っていて次ページの構造に間違いはない。
Dick Mooreは構造式の誤りが酸で分解して得た2-methylcysteineをcysteineを用いて比較検討したためと言っていた。当時、簡単に2-methylcysteineを作ることが出来なかった故の失敗である。
(1-1) の光学活性β-ラクトンはチアゾリン骨格構築の土台となるもので、マロン酸を出発物とした中間体をpig (porcine) liver esterase (PLE) で加水分解してから両鏡像異性体を合成した (tantazole Bの全合成を参照)。セリンから合成したβ-ラクトンと様々な求核剤を反応させた研究はカナダのAlberta大学のJohn Vederas教授によるもので、私の頭の片隅にその概要は入っていた。(1-1) を硫化水素と反応させると2-methylcysteine (1-2) が容易に生成する。次にBoc基をTFAで除去してホスゲンを作用させるとチアゾリジノン (1-3) が得られた。カルボン酸 (1-3) とmethyl 3-mercaptopropionateをBOP-Clを縮合材としてチオエステル (2-1) に変換し、t-BuOKによるretro-Michael反応で生成したチオカルボキシレートにβ-ラクトン (1-1) を加えると (2-2) が高収率で得られた。(2-2) のBoc基をTFAで除去し、TFAを留去した後にベンゼン中で加熱してチアゾリン (2-3) を得た。
オキサゾールの高効率的な合成法は知られてなかったので、古典的な方法で合成することにした。まず (1-1) をチオ醋酸と炭酸カリで (1-2) に変換し、次に合成したスレオニンのジアステレオマー混合物 (1-3) と縮合してからJones酸化することでケトン体 (1-4) を得た。これを塩化チオニルを使ってオキサゾールに変換し、さらにチオアセテートを加メタノール分解することで (2-1) を低収率ながら得た。
4ページ目で合成したカルボン酸 (1-1′) と全ページのチオール (1-1) をBop-Clを用いて縮合してチオエステル (1-2) を得た。これを我々が確立した方法でチアゾリンに変換し、チアゾリジノンのNHをBoc化することで (1-3) を得た。Boc化で活性化されたチアゾリジノン (1-3) はアルカリ加水分解でチオールを生成し、cinnamoyl chlorideと反応させてチオエステル (2-1) に変換した。最後にTFA処理でBoc基とt-ブチルエステルを除去し、加熱閉環後にカルボン酸をメチルアミドに変換することで (–)-thiangazoleの全合成が完結した。この合成ルートは最終段階で先端部分を自由自在に変換できる点が医薬化学的には優れていると言える。