Yatakemycinが富山県大の五十嵐康弘先生によって単離構造決定され、その構造がduocarmycin AやCC-1065に類似していることから興味を持っていた。我々のduocarmycin Aの全合成 ではCuI-CsOAcを用いて芳香環上にC-N結合を形成したが、その有用性をさらに証明するためにyatakemycinの全合成にも適用することにした。京大工学部の檜山爲次郎さん (1975-1976年に岸研でポスドクをされ、同じ部屋で1年間を過ごした盟友)の研究室から移籍してきた徳山さん配下の院生である岡野健太郎君 (現神戸大学教授)に全合成をやってもらうことにした。天然物全合成をやった事のない彼に「お前は何も知らんなー」と馬鹿にしながら鍛えたが、順調に成長したものだ。
“Total Synthesis of (+)-Yatakemycin,” K. Okano, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc. , 128 , 7136-7137 (2006); “Total Synthesis of (+)-Yatakemycin,” K. Okano, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, Chem. Asian J. , 3 , 296-309 (2008).
Yatakemycinはシクロプロパン部位がアルキル化能を持ち、おそらくDNAのminor grooveに入り込んでアルキル化し、抗腫瘍活性を発揮すると思われる。CC-1065の全合成 を1988年の発表したDale BogerはYatakemycinの構造式が世に出た翌年にその全合成を報告している。DaleはHarvardで重なっており、Conant棟の地下のNMR測定室の隣で研究をしていたCorey研の院生だった。NMR室にちょくちょく行っていた私は、ちょいと彼の部屋に入ったりして無駄話をした仲である。会社主催の日本での講演会で、彼が私を座長にと指名したので「変なことは言わないから聴衆には日本語で紹介するね」って了解を得て、英語ではとても言えない彼に関する昔の裏話をベラベラ話したのだが、彼は安心して?ニコニコしていたのが思い出となっている(私にはこんな悪友が居ないことを望む)。
山田健ちゃん(私の次男が同名なので彼のことを健ちゃんと呼んでいた)がduocarmycin (1-2) を合成した時は3箇所のC~N結合をCuI-CsOAcで処理することで形成した。一方、岡野君のyatakemycin (1-1) の合成では5箇所のC-N結合を同法で形成して、このアミネーションの有用性を証明することができた。
Yatakemycinの全合成では中央部分の構築が一番興味深いところで、ここで逆合成解析を示す。協和発酵のコンサルタントだった頃にduocarmycinのシクロプロパン環は5員環からも6員環からも構築できることは分かっていた。そこで (1-1) から2つのアミド結合を切って、6員環中間体 (1-2) に導いた。次にインドール環の構築はCuI-CsOAcの条件を使うことにして (2-4) を想定した。ここでtetrahydroquinoline環の6位の臭素はpara 位にアミノ基が存在するので容易に導入することが出来るだろう。そして側鎖は (2-3) からdehydroalanine誘導体とのHeck反応で構築できると考えた。(2-3) のC-N結合は (2-2) をCuI-CsOAc条件を使えば容易に形成できるだろう。光学活性な (2-2) は2,6-dibromoaryllithium (3-1) と市販の光学活性epichlorohydrin (2-1) とのカップリングで得られると考えて全合成を開始した。
Duocarmycin Aの全合成にも用いた (1-1) をyatakemycinの合成にも適用した。p -nitrophenolから (1-1) の合成経路についてはduocarmycin Aの全合成 をご覧あれ。(1-1) のトルエン溶液を–78°Cでn -BuLiを加えてhalogen-lithium交換を行い、(S )-epichlorohydrin (1-2) を加えた後にBF3 ·Et2 Oを加えると高収率で (1-3) が得られた。次にDMF中でNaN3 と90°Cに加熱し、さらに水酸基をTBS基で保護することで (2-1) をほぼ定量的に得た。アジド (2-1) はn -Bu3 PによるStaudinger反応でアミンに変換し、(2-2) を単離することなくNsClを加えてノシルアミド (2-3) を得た。
(1-1) をDMSO中でCuI-CsOAcと60°Cに加熱して環化体 (1-2) を得た。実はCsOAcは非常に吸湿性が高く秤量しにくいので適当に過剰量を使っていた。本当は最適条件を決めるべきだったが、適当に放り込んでも反応が行くので条件検討は熱心にはやらなかった記憶がある。(1-2) はパラジウム触媒を用いてデヒドロアラニン誘導体 (1-3) とHeck反応を行い、良好な収率で (1-4) を得た。次にノシル基をPhSH-Cs2 CO3 という条件で除去し、NBSを使ってアミンのパラ位を臭素化することで (2-1) が得られた。(2-1) を再びCuI-CsOAcとDMSO中室温で反応させるとインドール環 (2-2) が定量的に構築できた。
右部分の合成は市販のイソバニリン (1-1) から開始した。まずフェノールをベンジル化してから臭素を使って6位をブロモ化して (1-2) を得た。次にアルデヒドからデヒドロアミノ酸を作る定番の一つであるphosphonate (1-3) とTMG (tetramethylguanidine) を用いたHorner-Emmons反応で (1-4) を合成した。(1-3) はmethyl glyoxylate (OHC-CO2 Me) から3段階で合成するのだが、興味ある方は調べておくように。ここでも (1-4) からCuI-CsOAcを用いてインドール (2-1) を構築した。(2-1) から (2-2) への変換は、エステルの加水分解とそれに続くSOCl2 によるカルボン酸の酸塩化物化で行った。
中央部アミン (1-1) は前ページで合成した酸塩化物 (1-2) でアシル化して定量的にアミド (1-3) に変換された。
左部分の合成は少々手間取った。まず3,4-dimethylphenethylamine (1-1) をギ酸中パラホルムアルデヒドと加温してPictet-Spengler反応を行い、得られたtetrahydro-isoquinoline のアミンをトリフロロアセトアミド (1-2) として保護した。次にFeCl3 存在下で臭素化することによりジブロモ体 (1-3) を得た。(1-3) をメタノール中K2 CO3 処理でトリフロロアセチル基を外し、次に二酸化マンガンで酸化することによりジヒドロイソキノリン (2-1) が得られた。トリフロロアセチル基は酸性条件で安定で、比較的マイルドな塩基性条件で外すことが出来るので便利なアミン保護基である。(2-1) のイミンをNsClと反応させ、含水重曹液で処理するとヘミアミナール体が生成する。当初の予定では、ヘミアミナール体は平衡状態で開環したアルデヒドが微量なりともHorner-Emmons反応が進行すると期待されたのだが、次ページのphosphonate (2-1) とは全く反応が進行しなかった。仕方ないので次善の策としてNaBH4 還元(幸いこれとは反応した)してアルコールの開環体 (2-2) に変換した。
開環体 (1-1) をCuI-CsOAc条件でノシルアミドを閉環させて (1-2) に変換し、もうアルデヒドにちょっかいを出さないようにしてからTPAP-NMO条件で水酸基を酸化して (1-3) を得た。次にphosphonate (2-1) とTMGを用いて (2-2) に変換し、CuI-CsOAc条件でdihydropyrroloindole (2-3) を高収率で得た。
(1-1) のノシル基をDMF中PhSHとK2 CO3 で除去したところCbz基も同時に外れた (1-2) が得られた。Cbz基はベンジルエステルを接触還元で除去する時に外そうと思っていたが、まあ、先に外れても大勢に影響はない。ここでアミンを酸性条件に強く、塩基性で簡単に除去できるFmoc基で保護した (1-3)。次に接触還元でカルボン酸に変換し、MeSHとWSCD-DMAPの条件でチオエステル (2-1) に導いた。院生の時にdehydrogliotoxinの全合成をやっていたが、その時にカルボニル基の近傍にあるメチルエーテルの脱保護をBCl3 で行った反応の知見が後になって役に立った。即ち、脱メチル化後の水酸基のプロトンが5-7員環でカルボニル基に水素結合する場合に容易に反応が進行するということだ。(2-1) には2つのメチルエーテルが存在するが、Fmoc基に近い方のメチル基が選択的に除去されて、この場合は7員環の水素結合を形成した (2-2) がほぼ定量的に得られた。勿論、確信を持ってこの経路をデザインしている。
中央・右部分 (1-1) のTBS基をTBAFで除去してからMsCl-Pyでメシル化して (1-2) を得た。次いでLiOHでCbz基とメチルエステルを同時加水分解してカルボン酸 (2-1) に変換した。
左部分 (1-1) のFmoc基はTBAF(弱アルカリ性)を用いて除去し、得られたアミンを前ページで調製したカルボン酸 (2-1) とWSCDを用いて縮合してアミド (3-1) を得た。
肝心のシクロプロパン環を構築するためには (1-1) の中央部のベンジル基を除去する必要がある。おそらくチオエステルの存在が邪魔をしていると思うが、接触還元では複雑な混合物となり、他の方法を考える必要があった。このページは岡野君の博士論文からコピーしたものだが、BCl3 のみでは収率にバラツキがあり信用できず、種々の添加物を加えたが結果は思わしくなかった。私も特に良いアイデアがあるわけではなく、岡野君に丸投げ状態だった。その後、彼が得意気にペンタメチルベンゼンを使うと高収率で脱ベンジル体 (1-2) が得られるようになったと報告しにきた。この発見に関しては私は何の寄与もしてないので後ろめたいのだが、後に岡野君が徳山さんの助手となってから更に適用例を拡張した(K. Okano, K.-i. Okuyama, T. Fukuyama, H. Tokuyama, Synlett , 2008 , 1977-1980)。
(1-1) の2つのベンジル機を除去した後にDMF中で重曹水で室温処理するとシクロプロパン環形成が完了して (+)-yatakemycin (2-1) の全合成が完了した。富山県大の五十嵐先生がyatakemycinを培養で得ようとしているところだったので(かなり収率が低いと言っておられた)、岡野君に「全合成完成のご褒美」だと言って数10mgの合成品を富山に持って行ってもらった。五十嵐先生は岡野君に美味しいお寿司をご馳走したようで、喜んで研究室に帰ってきた。