Strychnineの全合成

ストリキニーネの全合成はたまたま第二世代インドール合成法を開発し、ノシル化学とのコンビネーションで面白い研究になりそうだと思って始めた。勿論、有名な化合物であるし、構造的にも面白いと思ったが、主目的としては当研究室で開発した反応で独自の合成ルートを見出すことにあった。ちょうどleustroducsin Bの全合成の助太刀を終えた徳山さん配下の鏑木洋介君(現エーザイ)の手が空いたので彼一人に全合成を任せることにした。

“Total Synthesis of (–)-Strychnine,” Y. Kaburagi, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc., 126, 10246 (2004)

複雑な構造を有するstrychnineは1948年にWoodward先生によって構造決定がなされ、初の全合成も1954年にWoodward先生が報告されている。以後、多くの有機化学者によって全合成が達成されており、Wikipediaに簡略な解説がされている (https://en.wikipedia.org/wiki/Strychnine_total_synthesis)。
逆合成解析としてはstrychnine (1-1) はWieland-Gumlich aldehyde (1-2) から簡単に変換できるので、(1-2) を経由することにした。(1-2) は (1-3) から容易に得られるし、この5環性中間体は (2-2) のアミン- アルデヒドを生成させればイミニウム塩 (2-3) 経由の渡環反応で構築することが期待できる。(2-2) を穏和な条件で生成させるためにはN-ノシル体 (2-1) を用いれば良い。
(1-1) のアルデヒド側鎖をクルッと回して (1-2) を眺めると6員環中間体 (1-3) から誘導できそうだと気が付く。ここで9員環のノシルアミドを除去し、シクロへキセノンもシクロヘキセノールに簡略化すると (2-3) となる。この化合物は (2-1) と (2-2) の辻-Trost反応で構築できることが大いに期待できた。
まずインドール部分の合成だが、これは第二世代インドール合成法を用いた。Vinblastineの全合成にも用いた方法であるが、キノリン (1-1) を水存在下でチオホスゲンと反応させるとイソチオシアネートとcis-α,β-不飽和アルデヒドが生成する、それをNaBH4で還元するとアルデヒドが反応してアルコール (1-2) が得られる。この水酸基をTBS基で保護し、得られた (1-3) にマロネートアニオンを付加させるとチオアミド (2-1) が得られた。論文を出してから、この収率がほぼ定量的になる筈なのに何で71%なのだと鏑木君に聞いたところ、後処理で分液操作をした時にこぼしてしまったのを黙っていたとのことで、「バカモノ!」と言ってもあとの祭り。チオアミド (2-1) はBu3SnH-Et3Bのラジカル条件下室温で反応が進行してインドール (2-2) がそこそこの収率で得られた。
相方のエポキサイドは光学活性体を合成しないといけないのだが、差し当たって良い不斉合成のアイデアは浮かばなかったので半分捨てる気で酵素分割をすることにした。まず安息香酸 (1-1) のBirch還元によって1,4-ジヒドロ安息香酸 (1-2) にした。このBirch還元は非常に簡単で液体アンモニアを使う必要はなく、エタノールにアンモニアガスを適当に吹き込むくらいの溶媒で進行する。(1-2) をメチルエステルに変換後にNaOMeで二重結合を共役位に移動させて (1-3) を得た。(1-3) の右側の二重結合はエステルに共役していないので電子豊富になっており、含水DMSO中でNBSを用いてブロモ化するとブロモヒドリン (2-1) が得られる。Lipase AYSを用いて酢酸ビニル中で40 °C、12時間加温すると目的のアセテート体 (2-2) が46% (99% ee) で得られた。この分割は極めて容易で、enantiomer (2-3) はこの条件下でアセチル化されないのでオーバーリアクションの心配がなかった。
(1-1) を過剰のDIBALを用いて還元しジオール (1-2) を得た。これをメタノール中NaOMeで処理するとブロモヒドリンがエポキサイドに変換され、残った1級アルコールをTBS化して (1-3) が得られた。
(1-1) と (1-2) との辻-Trostカップリングは少し条件検討が必要だったが、溶媒をトルエン、触媒をPd2(dba)3、リガンドをP(2-furyl)3という条件が最適であることが判明した。最終的には86%の収率に向上したが、これはスケールメリットだと思う。遷移金属を用いた反応条件の探索は学生に任せていた。反応、基質などで大きく変わったりするので、私がとやかく言ったところでどうなるものでもないと思っていた。(考えるのが面倒くさいだけ)
(1-1) の水酸基をMOM基で保護してからインドールのNHをBoc化しようとしたが立体障害で出来なかった。仕方なくジアステレオマーの混合物になってしまうが比較的穏和なLiI-collidineで加熱することでMeO2C基を1つ除去した。KrapchoのNaCl or NaCN/DMSO (150 °C) という条件よりは低温で進行する。1:1の混合物になった (1-2) のBoc化はうまくいき (2-2) が得られた。以前にも記述したが、このNHをBoc化で保護しないと光延反応条件下でシクロプロパンが形成されてしまう。次に (2-2) の2つのTBS基をNH4F·HFで除去してジオール (2-1) を得た。
さて、鍵反応となる9員環アミンの構築はジオール (1-1) に対してそれぞれ2当量のNsNH2、PPh3、DEAD (EtO2CN=NCO2Et) を用いると、5分で反応が完結し (1-2) が95%の収率で得られた。
1:1の混合物を扱うのは嫌なので、ここで (1-1) をDBUとともに100 °Cに加熱すると単一物 (1-2) に収束した。次に酸性条件でMOM基を外し、Dess-Martin酸化でシクロへキセノン (2-2) に変換した。ここでケトンのα位に水酸基を導入する必要があるが、最も信頼できるRubottom酸化 (https://en.wikipedia.org/wiki/Rubottom_oxidation) を実行することにした。George Rubottom氏は大学での研究を早々に切り上げてNSFのディレクターになった化学者で、私がNIHの研究費審査員を4年間やっていた頃ちょくちょく審査委員会に顔を出していた。米国ではNIHとNSFに似たような研究費申請をした場合、重複を避けるために責任者が臨席するシステムがあった。(2-2) のようなα,β-不飽和ケトンの場合、LDA-TMSClを使おうがTMSOTf-Et3Nの条件を使おうが飽和側に向かってシリルエノールエーテルが生成する。次いでMCPBA酸化するとエポキサイドを経由してTMS化されたα-ヒドロキシケトンが出来る。これを酸性条件で脱シリル化すれば (2-1) が得られる。
四酢酸鉛は過ヨウ素酸ナトリウム同様にvic-diolを切断することができるが、メタノール存在下でα-ケトールを切断するとケトン側はメチルエステルになることが知られている。(1-1) の場合も0 °Cで反応が進行し、(1-2) が高収率で得られた。次にチオフェノール-炭酸セシウム-室温の条件でノシル基を除去し、この反応液にTFA、Me2S、CH2Cl2を加えて加温したところ渡環反応が進行し収率よく (2-1) が得られた。なお、Me2Sはt-ブチルカチオンを捕捉するために入れてある。
(1-1) のDIBAL還元では右端のエステルのみが反応してアルコール (1-2) になる。左のエステルはvinylogous urethaneでアミンの孤立電子対からの電子供与によって求電子性が落ちているので反応しない。このvinylogous urethaneは酢酸中NaBH3CNで還元するとエナミン部分が反応して (2-2) が生成するが、このエステルの立体化学の反転はKuehneによって報告されており、確かにメタノール中NaOMe処理で (2-1) が得られた。
(1-1) のDIBAL還元で生じたアルデヒドはアリルアルコールで捕捉されてヘミアセタール (1-2 Wieland-Gumlich aldehyde) を生ずる。次にマロン酸と縮合-ラクタム化-Michael付加-脱炭酸という経路でストリキニーネ (2-1) の全合成が完結した。まあ、2ページ前の渡環反応以降は既知反応の連続なので、特に面白いところは何も無いと言っていいだろう。