Quinocarcinの全合成

Quinocarcinの全合成はnaphthyridinomycinの全合成研究をやっていなければ着手しなかったプロジェクトである。後者のモデル実験をやっている時に、これはquinocarcinにも使えると思い合成を開始した。Joe Nunesというカーネギーメロン大学出身の学生で、物静かな真面目な若者で根性も十分備えていた。カーネギーメロン大化学科の助教授だった目さんに勧められて私の研究室に来た。目さんはWoodward研のポスドクをされている時に重なっていて、erythromycinの全合成チームに属していた。威勢の良い方だったが若くして亡くなられたのは残念である。

“Stereocontrolled Total Synthesis of (±)-Quinocarcin,” T. Fukuyama and J. J. Nunes, J. Am. Chem. Soc.110, 5196 (1988).

見てお分かりのように、両者はかなり共通点を持っており、quinocarcinの合成の方がより簡単なのは勿論だが、それでも面白そうな構造を持っている。
これはnaphthyridinomycin合成のモデル実験としてアシルイミニウムイオンを経由したビシクロ[3.2.1]体を構築したスキームである。ジケトピペラジン(DKP)の3位にアルキル基が置換した (1-1、NHがアルキル基で置換されたケース)では、強塩基を作用すれば速度論的に有利なCH2が脱プロトン化され、アルキル化により3,6-2置換ジケトピペラジンが生成すると予想できる。しかし (1-1) のように1位がNHの場合は6位の選択的脱プロトン化は困難であろう。そこで3位の酸性度を下げるのと、NHをなくすため (1-1) をMeerwein試薬でイミデート (1-2) に変換した。(1-2) はLDAで容易に脱プロトン化され、cinnamyl chlorideを加えるとメチル基の反対側がアルキル化される。イミデートを希塩酸で加水分解し、得られたアミノエステルを加熱してDKP (1-3) を得た。因みに、直接 (1-3) に変換するにはPy・HBrと加熱すれば良い。(1-3) のNHをNCO2Me体 (2-3) に変換し、イミドを部分還元して (2-2) を得た。これをギ酸中で加熱するとジアステレオマー混合物 (2-1) を与えた。アシルイミニウムイオンを介した環化は予定通り進行することがこれで分かった。
Naphthyridinomycin (2-1) 合成のモデル実験では (3-2) のようなエノールスルフィドを使って、アシルイミニウムイオンと反応させてアルデヒド (3-1) を得ていたので、quinocarcin合成にあたり、次ページのような逆合成解析を行った。
Quinocarcin (1-1) のオキサゾリジン環を加水分解し、得られるヘミアミナールを開環すると (1-2) に導かれる。(1-2) のテトラヒドロイソキノリン環は (1-3) からPictet-Spengler反応で構築する。(1-3) のアミンとアルデヒドを結合してジケトピペラジン (2-2) にし、前述のアシルイミニウムイオン経由のビシクロ体構築を念頭に入れれば (2-1) のような比較的単純なDKPに辿り着く。
全合成はプロパルギルグリシン誘導体 (1-1) を出発物として、まず常法に従ってDKP (1-3) を得た。(1-3) を無水酢酸中で加熱すると高収率でジアセチル体 (2-2) が得られる。ここで三重結合にラジカル的にチオフェノールを付加させてジアステレオマー混合物 (2-1) に変換した。
アルデヒド (1-1) とジアセチルDKP (1-2) の混合物にt-BuOKを加えると高収率で縮合生成物 (1-3)が得られた。(1-3) のアセチル基はメタノール中で加アンモニア分解して (2-2) を与えた。Arylidene基の立体化学はZ型であるため立体障害を受けている。従ってCbzClによるアシル化は円滑に進行して (2-1) が得られた。

(1-1) のNaBH4還元で得たヘミアミナール誘導体 (1-2) を酸性条件に付すとアシルイミニウムイオン生成を経てビシクロ体 (2-2) を与えた。ここで通常のギ酸中加熱の条件を用いなかったのは、生成物としてアルデヒドを直接得たかったからで、HgCl2を共存させたのはPhSHをトラップしてチオアセタール生成を抑えるためであった。アルデヒドは後に酸化してカルボン酸にするのだが、ここでは扱いやすいアルコール (2-1) に還元しておいた。

(1-1) のオレフィンの接触還元はsaframycin の全合成にも用いた方法でビシクロ[3.2.1]体のexo面から還元してendo体 (1-2) を得た。この際外れてしまったCbz基をかけ直して (2-2) に変換した。後にPictet-spengler反応を行うのだが、フェノールを同反応に用いるとpara位が空いているとortho位よりも優先して反応してしまうので、常套手段であるブロモ基で (2-2) のpara位をブロックし、アセチル化を行って (2-1) を得た。
次に (1-1) のラクタムNHをBoc2O-DMAPでBoc化して (1-2) に変換し、更に活性化されたラクタムをNaBH4で還元してヒドロキシメチル体 (2-2) を得た。ここでフェノールの保護基であるDMTS基(dimethylthexylsilyl基)をTBAFで脱保護して (2-1) に導いた。この保護機はもう使われなくなってしまったがTBS基よりも少し丈夫であった記憶がある。一般的にフェノールのシリルエーテルはaliphatic alcoholのに比べて酸性条件で強く、塩基性条件に弱い。DMTS基はスイスのNovartisのケミストだったHansjürg Wetterが報告したもので、彼はETHで学位を取った後にCorey研でポスドクをし、1977年に私が結婚する少し前に帰国したが、家財道具一切を彼から格安で譲ってもらった恩人でもある。ネット検索によれば彼は後にNovartisの製薬化学部門のヘッドになったようだ。
(1-1) のBoc基をTFAで外し、TFAを留去後に (1-2) とt-butyl glyoxylateとのPictet-Spengler反応を高温で行ったところ8:1の比で望むテトラヒドロイソキノリン体 (2-1) が主生成物として得られた。因みに、methyl glyoxylateを用いた時は立体選択性はほぼ得られなかった。
ここでなぜか?? (1-1) を選択的にアセチル化して (1-2) に変換してしまっている。当然、MeI-K2CO3条件でフェノールのメチル化をすべきなのに、何か理由があったのか思い出せない。ま、とにかく、(1-2) のアルコールをSwern酸化してヘミアミナール (2-2) にし、直ちに安定なアミノニトリルに変換した。次にフェノールのアセテートを加メタノール分解した後にメチル化して (2-1) を得た。(注)どうしても不思議なので、Joe Nunesの博士論文をチェックしたところ、(1-1) はアセトン中でK2CO3と加温すると t-BuOCO基が完全に反転して、熱力学的により安定な前ページのマイナーな生成物に変わってしまうため、よりマイルドな条件で保護できるアセチル化を選んだと書いてあった。なーるほど。まあ40年ほど前の話だから、細かい事情を忘れてしまっても無理はない、か。
Quinocarcin (1-1) は協和発酵で単離構造決定された化合物で、NaCNを作用させると安定なアミノニトリル (1-2) に変換できると報告された。
ここでお役御免の (1-1) のブロモ基をラジカル的に還元して (1-2) に変換し、更にt-ブチルエステルをTFAでカルボン酸にしてから混合酸無水物経由でアルコール (2-2) へと導いた。この頃はまだ水酸基の保護に各種のシリルエーテルを使うことが一般的ではなく、ここではMOMエーテル (2-1) にして保護した。
(1-1) のアセテートを加水分解してからCbz基を加水素分解した理由は、Cbz基を先に外すとアセテートからアセチル基が転位してアミドになってしまうからだ。ところがフリーのアルコール存在下で (1-2) をホルマリンとNaBH3CNで還元的メチル化をしようとしたら、tetrahydro-1,3-oxazine (2-2) になってしまい、N-メチル体 (2-1) に変換できなかった。仕方ないので、MeI-Hünig baseのコンビネーションでN-メチル体 (2-1) を得た。
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(1-1) のヒドロキシメチル基をJones試薬で酸化してカルボン酸 (1-2) に変換した。これを見ても現在では酸化方法の選択肢が増えたことが分かる。(1-2) のMOM基は分子内に二つのアミンが存在しているため、強い酸性条件を必要とするかもしれない。するとニトリルの加水分解の心配もある。従って、Me3SiCl-NaIでin situにMe3SiIを発生させて、ほぼ中性条件かつ室温でアルコール体 (2-2) すなわちDX-52-1を得た。アミノニトリルをヘミアミナールにする穏和な条件としては含水溶媒でAgNO3を作用させることが知られている。この条件を (2-2) に適用したところ直ちに生成物が得られたが、その化合物の1H NNRスペクトルは天然物とは似ても似つかなかった。ガックリしていたJoeに天然のquinocarcinも合成品と同様の後処理条件をやってみたらどうだと忠告した。果たして、天然のquinocarcinは合成品と1H NMRおよびTLCが完全に一致することが判明し、めでたし、めでたし、となった。ちょっとしたプロトン化の違いなどでスペクトルが変動することはアミンやアミノ酸ではよくある話である。