Kainic Acidの全合成

2000年頃にChemical and Engineering Newsにカイニン酸の深刻な供給不足に関する記事が載っていた。昔は日本でも回虫の駆除薬として広く使われていたようだが、近年は台湾の中小業者が細々と海人草から抽出して世界中に供給していたそうだ。ところがその業者がやめてしまったために価格が急騰し、神経科学の研究者が非常に困っているということだった。構造式を見てみると簡単そうなので、それでは全合成で供給できるようにしてやりましょう、と気軽に始めたプロジェクトだった。最初の全合成は院生の盛田康弘君、第2、第3の全合成は住友化学から出向の阪口裕史さん、そして実用的合成は杏林製薬から出向してきた瀧田哲志さんが達成し、最後に院生の藤井正哉君がカイノイド一般の合成法の確立を行った。見かけによらず少々手強いところがあったが、色々な気づきがあってそれなりに面白い研究だった。結局10年近くの長丁場になってしまったが、徳山さんが中間管理職で、後に横島君が引き継いだ。

(1) “Stereocontrolled Total Synthesis of (–)-Kainic Acid,” H. Sakaguchi, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, Org. Lett.9, 1635-1638 (2007); (2) “Total Synthesis of (–)-Kainic Acid via Intramolecular Michael Addition: A Second-Generation Route,” H. Sakaguchi, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, Org. Lett.10, 1711-1714 (2008); (3) “A Practical Synthesis of (–)-Kainic Acid,” S. Takita, S. Yokoshima, and T. Fukuyama, Synthesis2011, 3848-3858 (2011); (4) “A Practical Synthesis of (–)-Kainic Acid,” S. Takita, S. Yokoshima, and T. Fukuyama, Org. Lett.13, 2068-2070 (2011); (5) “A Unified Strategy for Kainoid Synthesis,” M. Fujii, S. Yokoshima, and T. Fukuyama, Eur. J. Org. Chem.2014, 4823-36 (2014).

カイニン酸 (1-1) の最初の逆合成解析は、ピロリジン合成によく使われるアゾメチンイリド (2-2) による1,3-dipolar additionを光学活性ブテノライド (2-1) に対して行うことだった。ピロリジン (1-3) の位置選択的脱プロトン化はイリノイ大学のPeter Beakがsparteine存在下でs-BuLiを使ってenantioselective deprotonationを報告しているので、その線上で何とかなるだろうと考えた。
光学活性ブテノライド (2-1) の大量合成は比較的簡単にできる。まず大きな三角フラスコにフルフラール (1-1) の含水エタノール溶液を入れ、光増感剤としてrose bengalも入れて金魚などの水槽に使う市販のポンプで空気を入れながら東大薬学部の屋上で日中に放置した。まあ、お天気任せの合成だが100グラムくらいのブテノライド (1-3, 4) が得られる。これを塩化ビニルを溶媒兼試薬としてlipase AKでアセチル化すると (1-3) と (1-4) は動的平衡にあるので、定量的にアセテート (2-) が93% eeの光学収率で得られた。
光学活性ブテノライド (1-1) に (1-2) からTFAを用いいて発生させたazomethine ylideを反応させると、アセトキシ基の反対側から付加が起こって (1-3) が主生成物として得られた。(注:KFなどFを用いて発生させることもある)次にN-benzyl基をClCO2Meと加熱することにより除去してウレタン (1-4) を得た。ここで不要となったAcO基をEt3SiH-TFAで還元的に除去し、生成物を結晶化することで光学的に純粋な (2-1) が得られた。このラクトンからイソプロペニル基に変換するのはJulia olefinationを適用した。まず–78°CでMeLiを加えてラクトンのカルボニル基に付加させ、次にスルホンのアニオン (LiCH2SO2Ph) を加えて0°Cまで昇温するとヘミケタールにも付加が進行したジオールのジアステレオ混合物が生成した。これを触媒量のTMSOTf存在下でAc2O処理することでジアセテートに変換した。Julia olefinationではNa-Hgがよく用いられるが、ここでは触媒量のHgCl2存在下にMgで還元することでオレフィン (2-2) が得られた。同条件下では一級アルコールのアセテートは加エタノール分解してアルコールとなった。(2-2) のメチルカルバメートの除去は強塩基が必要で、メタノール中KOHで環流してから生成したアミンをBoc体に変換した。残る一級アルコールをMOM基で保護して (2-3) に導いた。
(1-1) のMOM基にs-BuLiが配位して右側(ピンク色)のメチレン基の脱プロトン化が進行すると期待したが全然効果は無かった(Table 1行目)。次に手元にあった(–)-sparteineの共存下に脱プロトン化を試みたところ要らない化合物 (1-3) が主生成物となった。Sparteineは(+)も(–)も高価なので、フランスから(+)-sparteine surrogateの合成原料となる種子(何の植物の種か記憶にない)を購入して合成したものを使ったところEt2O中では71:29で目的物 (1-2) が主生成物となった。
結局(+)-sparteine surrogateをTHF中で使ったところ81:19で目的物 (1-3) が主生成物となったが分離精製できなかったので混合物のまま先に進ことにした。カルボン酸をメチルエステルに変換してからHCl/MeOHでMOM基を外し、Bocも外れたのでかけ直し、今度はジアステレオマーが分離できたので (2-3) を単一物として得た。
(1-1) の水酸基をPPh3-CBr4を用いるAppel反応でブロマイド (1-2) に変換した。次にDMSO中で触媒量のn-Bu4NI (TBAI)とKCNとで加熱してニトリル (1-3) を得た。ニトリルの加水分解は強い条件が必要なので、まず (1-3) をアルカリ性過酸加水素でアミド (2-1) に変換し、さらにメタノール中でKOHと加熱してジカルボン酸 (2-2) を得た。最後にBoc基とTFAで除去した後にイオン交換樹脂 (Dowex-50) で処理することでカイニン酸の全合成を達成した。当研究室としては初めての合成だったが実用的とは言えず、大量合成が可能なルートを開発しなければという意を強くした。
10年近くカネカのコンサルタントをやっていた事があり、βラクタムにも興味があったのでカネカの製品 (1-1) を頂戴したことがあった(確か100グラムくらいだったと思う)。その時は特に何に使おうという具体的な目的もなかったし、頂戴したので「いくら位ですか?」と値段を聞いたこともなかった。ところがひょっとしたらカイニン酸の合成に使えるかと思い上図の様な合成スキームを考えてみた。(2-3) のようにアミンを脱離基に変換してからエステルのアニオンでSN2反応が実行できれば (2-2) の様なピロリジン環が構築できて(–)-カイニン酸 (2-1) の実用的合成が可能になると思った。
残念ながらモデル化合物 (1-1) は強塩基でエステルのアニオンを生成させてもC-C結合は形成できなかった。今から思えば努力が足りなかったと言える。まず、脱離基はTf2N基まで試すべきだったし、n-PrMgBrの代わりにCH2=CHMgBrやTMSC≡CLiを使って置換反応を容易にさせるべきだった。何しろ、ちょっとうまくいかないと直ぐに他のアイデアに走ってしまうのが私の短所でもあり長所でもある。
前ページのアイデアがうまく実現できなかったが、直ぐに考え直してこのページのような合成計画に変更した。つまり、(1-3) の水酸基とエステルを結びつけて6員環ラクトン (1-4) を構築し、アミン部分を脱離させるとα,β-不飽和ラクトン (2-3) に導ける。(2-3) には強塩基で脱プロトン化されるところが2ヶ所ある。α,β-不飽和ラクトンのγ位とエステルのα位で、γ位プロトンは立体障害が大きいこととpKa値がエステルのα位プロトンよりは大きい可能性があるので、おそらくエステルのメチレンプロトンが優先的に脱プロトン化されるだろう。また、共役付加も速度論的に有利な側鎖と同じ面から起きる可能性が高いので (2-2) が主生成物になると思われた。ここまで来ればカイニン酸 (2-1) への変換はそれほど困難では無いはずである。
Reformatsky反応に使うようにt-BuO2CCH2BrとZnから (1-2) を調製し、文献既知の方法で (1-1) と反応させると高収率で (1-3) が得られた。βラクタムのCbz基による活性化とそれに続くNaBH4還元で (1-4) に変換し、さらに (2-1) に導いた。これをDMF中でLHMDSで脱プロトン化すると望む (2-2) とそのエピマー (2-3) が得られた。次の分子内Michael付加の条件は阪口さんが基質や塩基をいろいろ変えて検討し、収率やエピマー比の最適化を図った結果DMF中–60°CでLHMDS [LiN(SiMe3)2] が良いとなった。私はDMFが–60°Cで使えるとは思ってもみなかった。
さて、実際に実用的全合成を始めるにあたって、全ページのβラクタムはカネカから頂戴したもので値段も知らなかった。調べもせずに多分少々高いのでは無いかと勝手に思って、ではβラクタムを使わない合成ルートを考えてみることにした。前ページのモデル実験から (1-2) のような6員環のα,β-不飽和ラクトンがあればカイニン酸の合成が可能になるので、(1-3) のRMCを用いて (1-2) を合成することにした。(1-3) のアクリル酸を外せば (2-4) となり、さらに (2-3) のアルデヒドに還元的アミノ化を施せば (2-4) になると思った。(2-3) はEvansのキラル補助基を用いたクロトン酸誘導体 (2-2) とアセトアルデヒド (2-1) のアルドール型反応を利用すれば良い。
Evansの不斉補助基を使ってもアルドール型反応のジアステレオ選択性は良好であったが、カルボニル基の還元後のグリシンメチルエステルとの還元的アミノ化の収率に問題があった。そこでDaviesの不斉補助基 (1-1) を使ってクロトニル化し、得られた (1-2) をTiCl4i-Pr2NEtでエノール化してアセトアルデヒドを加えることで高収率で (1-3) が得られた。次に水酸基をTBS化してからDIBALでカルボニル基を還元して (2-2) を得た。これをグリシンメチルエステル塩酸塩とNaBH3CNとでメタノール中加熱で還元的アミノ化を行なって目的物 (2-1) を高収率で得た。
(1-1) のアミンをBoc化した後にTBS基を外して (1-2) に変換した。次に (1-2) をアクリレート (1-3) にしてからHoveyda-Grubbsの第二世代触媒 (2-1) を用いてRCM反応を行ったところほぼ定量的にα,β-不飽和ラクトン (2-2) が得られた。前述のようにDMF中–78°CでLHMDSを用いて脱プロトン化すると分子内Michael付加体 (2-3, 2-4) が91:9の比で得られた。
以前にも述べたが6員環ラクトンは非常に開環しやすく、(1-1) はメタノール中室温でEt3Nを用いて簡単にメチルエステル (1-2) となる。Steve LeyのTPAP-NMOで水酸基を酸化してケトン (1-3) に変換した。このケトンのメチレン化は種々の条件を用いたが岡山大学の高井さんの条件が一番良い結果を与えてイソプロペニル体 (2-1) が得られた。しかしスケールアップすると収率が低下し、本プロジェクトでは大量合成のネックとなった。次いで二つのメチルエステルをアルカリ加水分解し、TFAでBoc基を除去することで(–)-カイニン酸の全合成に成功した。
高価だろうと思って出発物に使わなかったβラクタム抗生物質の原料 (1-1) の価格をカネカのケミストに聞いたところ、1キログラム数万円くらいだろうということだった。え、そんなに安いのならこれを使ってカイニン酸を合成してみることにした。
(1-1) をt-BuO2CCH2ZnBr (1-2) と反応させるとアシルイミン中間体に付加することでtrans-β-ラクタム (1-3) が高収率で得られた。βラクタムのCbzClによるN-アシル化はLHMDSのような強塩基を使う必要はないが(Et3NでもOK)、いずれにしても活性イミド体 (1-4) を得た。これをNaBH4で還元すると開環したアルコール (2-1) が得られる。光延反応を用いてグリシンメチルエステルのノシル体 (2-2) と反応させると高収率で (2-3) が得られた。ここでは70°Cに加熱しているが、光延反応が室温で進行しない場合は加熱することは時々行なっていた。
(1-1) をTFAで処理すると6員環ラクトン (1-2) がほぼ定量的に得られた。次にPhSH-K2CO3を用いてノシル基を除去し、得られたアミンをBoc2O-DMAPでBoc体 (1-3) に変換した。次のステップは予想以上にうまく進行したので詳しく条件を述べておこう。まずDMF中–60°Cで1.0等量のLHMDSを加えてから1.1棟梁のCbzClを加えると-NHCbzが-N(Cbz)2になる。次に2.5等量のLHMDSを加えるとLiN(Cbz)2が脱離してα,β-不飽和ラクトンになる。グリシンの側はすでに脱プロトン化されているのでMichael反応が進行して (2-1) が高収率かつ92:8の高いジアステレオマー比で得られた。-NHCbz基をCbz化しておかないと脱プロトン化された-NCbz基では脱離基とならない。(2-1) はすでに確立した5段階の経路を経てカイニン酸に変換された。比較的安価なβラクタムから12段階、通算収率14%であったが、前述のようにメチルケトンからイソプロペニル基への変換ステップが大量合成に適していなかった。これではモヤモヤが収まらないので、その気になれば100グラムのカイニン酸でも合成できそうなルートを模索することにした。
阪口さんにやってもらったカイニン酸合成ではアセチル基をイソプロペニル基に変換するステップがスケールアップに適合していなかったので、もともとイソプロペニル基を有する安価な天然物を出発物にしようと考えた。そこで新たに研究生の瀧田さんに、より実用的なカイニン酸合成をやってもらうことにした。SciFinderで調査したところ安価な(+)-カルボン (1-1) を常法でエポキシ化し、得られたエポキサイド (1-2) を硫酸で加水分解するとジオールの混合物 (1-3) が得られ、さらに過ヨウ素酸酸化をすることで容易にアルデヒドーカルボン酸 (2-1) が得られることが分かった。この二つの官能基を区別するためにヨードラクトン化したところジアステレオ混合物 (2-2) が得られた。ここでアルデヒドをPinnick (Kraus) 酸化の条件に付してカルボン酸 (2-3) を得た。
カルボン酸 (1-1) はDPPA-Et3Nでトルエン中加熱することでイソシアネートに変換し (Curtius転位)、さらにメタノールを加えてメチルカーバメート (1-2) を得た。(1-2) を(ウレタンのNHが脱プロトン化されるため)2.5等量のLHMDSでラクトンを脱プロトン化し、反応性の高いBrCH2CO2Butを加えると3位の側鎖に対してtrans体 (1-3) が生成した。5員環化合物の場合は比較的大きな置換基が存在すれば試薬は反対側から攻撃するというのがほぼ常識になっていると言える。