K252aの全合成

K252a (1-1) は staurosporine (1-2) に代表されるインドロカルバゾール骨格を有するアルカロイドのひとつで、特徴的な環状のグリコシド構造を有することや、極めて強力なプロティンキナーゼCの阻害活性を有することから注目を集めた化合物である。協和発酵で単離構造決定されたので当時コンサルタントだった私も興味を持っていた。また、少し前にライス大学でインドールの新規合成法を開発していたので、それを適用しようと全合成経路を考えていた。修士課程を古賀研で終えた小林義久君に全合成を頼み、途中で学部生だった藤本哲平君にも手伝ってもらって完成させた。糖を扱うのは初めての経験で、ちょっと物珍しさも手伝って行ったプロジェクトだった。

“Stereocontrolled Total Synthesis of (+)-K252a,” Y. Kobayashi, T. Fujimoto, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc., 121, 6501 (1999).

Yale大学のJohn Woodが最初の全合成を達成したが、インドロカルバゾール (1-1) と糖 (2-1) をCSAを使って一挙にカップリングさせる方法で目的物と副生物を2:1の比で得た。まあ、よく1:1にならなかったなーと思うが、これも一つの方法だと納得した。
K252aの全合成開始の端緒となった第一世代のインドール合成法について説明しよう。2-Iodoformanilide (1-1) とアクリルアミド誘導体 (1-2) とのHeck反応で (1-3) を合成し、塩化ホスホリルとピリジンでホルムアミドの脱水を行うとイソニトリル (2-2) が得られる。この脱水反応はホスゲンとEt3Nを使うと迅速かつ高収率で進むのだが、日本ではホスゲンが簡単に入手できないので塩化ホスホリルを使った。これをAIBNとBu3SnHで加熱するとスズラジカルがイソニトリルの炭素に付加し、生成した炭素ラジカルが隣のオレフィンを攻撃することで2位にBu3Sn基が入ったインドールが得られる。この生成物はかなり不安定で、単離することなくヨウ素を加えることで2-ヨウ化インドール (2-1) として得られた。
2-ヨウ化インドール (1-1) とアリールアセチレン (1-2) の薗頭カップリングは高収率で (1-3) を与えた。比較的脱プロトン化されやすいインドール (1-3) をNaHで処理してから容易に得られるクロライド (2-1) を加えるとN-グリコシド体 (3-2) が得られた。次いで (3-2) をLarockのインドール合成法の条件に付すと高収率で (3-1) が得られた。
まず (1-1) を加エタノール分解してジオール (1-2) に変換し、Dieckmann型の環化を試みたが通常の条件では低収率でしか環化体 (2-2) を与えなかったのが今でも不思議に思っている。TBAFを塩基に用いた時だけそこそこの収率で (2-2) が得られたのでo-ジクロロベンゼン中で加熱してインドロカルバゾール (2-1) を得た。この反応が痕跡のHClによるインドール3位へのケトン炭素の攻撃によるものか、それとも6電子環状反応なのかは分からない。いずれにしても、3段階で78%の通算収率というのは瞬間最大風速みたいなもので、どうしても再現性が取れなかったのでこのルートは断念することにした。
ここからがK252aの全合成で、まず市販のインドール酢酸 (1-1) をアリルエステル (1-2) に変換した。3位が置換されたインドールのハロゲン化は2位に起きるが、この場合NISを用いてヨウ素化しても良い結果は得られなかった。一方、NBSを用いたブロモ化はまあ収率良く (2-2) を与えた。(2-3) のインドールNHをNaHで脱プロトン化して糖クロライド (2-2) を加えるとほぼ定量的に (2-1) が得られた。
アリルエステル (1-1) をPd触媒を用いた常法で脱保護してカルボン酸 (1-2) に変換し、市販のトリプタミン (2-1) とWSCDで縮合させてアミド (3-2) を得た。3位にアルキル基を持つ単純なインドールはDDQ酸化によってケトンを生ずることが知られており、0度で2.2等量のDDQと反応させると高収率でケトン (2-1) が得られた。
(1-1) の2つのカルボニル基はアミドとvinylogousのアミドなので反応性が低すぎる。これらを活性化するためにアセチル基を導入することにした。ルチジンと触媒量のDMAP存在下で無水酢酸中加熱することによってジアセチル体 (1-2) が得られた。これを触媒量のDBUを用いてアルドール型の反応を行って高収率で環化体 (2-2) を得た。次に太陽光を使って電子環状反応を行うと環化に次いで脱HBrが進行してほぼ定量的に目的とするインドロカルバゾール (2-1) が得られた。Winterfeldtが報告した高圧水銀ランプを用いた電子環状反応は空気酸化を行わなければならず低収率にならざるを得なかった(真ん中の反応)。
(1-1) の2つのアセチル機とp-toluateを加水分解して (1-2) に変換した後に一級アルコールを選択的にヨウ素で置換することで (2-2) を得た。脱HI反応をDBUを用いて行ったところ、インドロカルバゾールがヨウ素を置換した環化体が得られるのみだった。仕方ないので (2-2) をまずフェニルセレナイド (2-1) に変換した。
(1-1) の水酸基をアセチル化し、得られた (1-2) を通常のセレノキサイド脱離の条件を適用することでエノールエーテル (2-2) を得た。これをKI-I2-DBU-室温という条件で環化を試みたところ高収率で目的物 (2-1) が得られた。私の推測ではあるが、インドロカルバゾール(アニオン)は糖の上をクルクルと回転していてエノールエーテルの近くに来たときに電子反発によってエノールエーテルのHOMOが上昇しヨウ素と反応しやすくなる、つまり環化しやすくなるのだと思う。
(1-1) のヨウ素はラジカル的に除去してメチル体 (1-2) を得た。次にアセテート (1-2) を加メタノール分解し、得られた (2-2) の水酸基をDMSO酸化してケトン (2-1) に変換した。
(1-1) のケトンをシアンヒドリンに変換するのは少々手間取った。MeOH-THF中でNaCNを加えてアセチル化したところ1:1.6で要らない化合物 (1-3) の方が多くなった。インドロカルバゾールがβ面を塞いでいるのでCNイオンはα面からケトンをアタックしている筈なのに平衡反応が起きているらしい。ということで液体のHCNを調製してアセトニトリル中Et3Nを塩基にして反応させたところ、今度は3:1と生成比を逆転させたがまだ満足できる結果ではなかった。Et3Nではまだ塩基性が強すぎると思いピリジンに代えたところ、アセチル化後にほぼ純品の目的物 (1-2) が得られた。

(1-2) のニトリル基をエステルに変換するためには3段階を要した。まず塩基性条件は使えないので過去の事例を検索したところギ酸に溶解させてHClガスを吹き込み、19時間室温放置することでアミド体 (2-2) に変換することができた。次に過剰のKOHを使って混合溶媒中で10時間還流してカルボン酸に加水分解し、次にジアゾメタンでメチルエステル化すること(+)-K252aを得ることができた。
少々手こずったし、独自の方法を開発したとまでは言えない全合成だったが学ぶところも多かったと言える。