(–)-Huperzine Aの全合成

(–)-Huperzine Aはヒカゲノカズラ科に属するトウゲシバの葉より単離構造決定されたリコポジウムアルカロイドで、本植物は中国で古くから民間薬として用いられてきた。1990年代にその成分の一つである本化合物が強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有することが明らかとな理、アルツハイマー病治療薬のリード化合物として注目を集めた。このような生物活性に興味があったが、2つの二重結合の立体配置を如何にして制御するか、ということに興味を持ち横島君配下の小柴隆宏君に合成研究をやってもらうことにした。エチリデン基はWittig試薬では立体制御が困難であると感じていたが、報告された事例ではZ体からE体へ異性化させている。

“Total Synthesis of (–)-Huperzine A,” T. Koshiba, S. Yokoshima, and T. Fukuyama, Org. Lett.11, 5354-5356 (2009).

Huperzine A (1-1) の逆合成をここに示すが、ピリドン環の構築をエノン (1-3) から構築すること。 (1-3) の橋頭位のアミノ基はCurtius転位を使うことで (2-3) が想定できる。二重結合を (2-2) のRCM を適用し、(2-1) のエノンにconvex面からのビニル基の共役付加を行えば (2-2) になる。(2-1) の合成は (3-2) を強塩基で脱プロトン化し、ラクトンのα位をアルキル化すれば (3-1) に導ける。一方、(3-2) はフランと無水マレイン酸のDiels-Alder付加体をRWTH Aachen大学のCarsten Bolm教授の不斉エステル化を利用すれば良い。実を言うと、この逆合成解析は素人を納得させるスキームで 、(3-3) を出発物にしてどうやってhuperzine Aを合成するかを考えた結果である。Bolmの反応は素晴らしいな、と思い、何とか全合成に適用してみたかった。彼は私の親友だったDieter Endersの同僚で、Aachenで会ったことがある。DieterはETHのSeebach教授の下でPh.D.を取り、Corey研でポスドクをやっていた。奈良坂さんと同室で、時々お邪魔した時に知り合った仲だ。残念ながら心臓疾患で急死してしまったが、真面目な紳士でSYNTHESISのchief editorだったので、毎年ヨーロッパでの編集者会議で顔を合わせていた。Bob WilliamsとかDave Evansとか、仲の良かったケミストに先立たれるのは寂しい限りである。
フランと無水マレイン酸のDiels-Alder反応生成物 (1-1) とは異なるが、2-methylfuranとのDiels-Alder反応を院生の時にovernightでやった時に、溶媒が飛んでしまって無水マレイン酸だけが回収された記憶がある。つまり生成物がretro-Diels-Alder反応で2-methylfuranが蒸発していったからだ。まあ、余談だけどね。Carsten Bolmの条件に従って、(1-1) のトルエン溶液を–55°Cに冷却し、3当量のBnOHと1.1当量のキニーネ (1-3) を加えると高い光学純度のカルボン酸 (1-2) が得られた。キニーネは分液操作で簡単に回収できるの、非常に便利な反応と言える。次にカルボン酸 (1-2) をClCO2EtとEt3Nで混合酸無水物にしてからNaBH4還元し、得られたアルコールを塩酸処理することでラクトン化を促進し (2-1) を得た。さらに接触還元で二重結合を還元して重要中間体 (2-2) に変換した。
以前、No Name Compound の全合成で用いたアイデアに共通するところがあるが、(1-1) を2棟梁のKHMDSと反応させると、最初の脱プロトン化で5員環エーテルが解裂し、生じたα,β-不飽和ラクトンのγ位が脱プロトン化されてdienolate (1-2) が生成し、これにmethallyl bromide (1-3) を加えるとアルキル化体 (1-4) が高収率で得られた。(1-4) のSharplessエポキシ化はK. C. Nicolaouの変法を適用し、水酸基と同じ側のエポ木サイド (2-1) が得られた。次に、水酸基をSwern酸化するとエポ木サイドが解裂して望むエノン (2-2) を得た。
RCM反応を行うためには (1-1) の水酸基を保護しておこうと、TBSOTf-lutidineでTBS化しようとした小柴君が単なるTBSエーテル (2-1) ではないものが生成したと報告を受けた。これはどう見ても望む環化が起きていそうだと言うことで、TBAFでTBS基を外したところ主生成物は望む環化体 (1-3) だった。まさか、こんな温和な条件でC-C結合が形成されるはずはないと思ったので大きな驚きだった。そこで、(2-1) 等価体にビニル基を付加してRCM反応をやるよりも短工程になるので、最適環化条件を探索することにした。
シリル化の条件ではなく、種々の酸を用いて環化を行った。目的物はA、副生物はBとCだが、結局触媒量のTfOHを–78°Cで短時間作用させるのが一番良い条件であると判断した。
スケールアップして (1-1) から (1-2) が61%の収率で得られた。今後の課題はethylidene基の立体選択的構築、カルボン酸のCurtius転位によるアミンへの変換、そしてピリドン環の構築である。
(1-1) の2級水酸基をMOM基で保護して (1-3) を得た。これをメタノール中KOH水溶液で加水分解しようと試みたが複雑な混合物を与えた。そこでメタノール中PhSK (1 eq) で還流したところ、(2-1) が単一物として高収率で得られた。反応機構としてはPhSによるラクトン環へのSN2反応の後、PhSの脱離-付加反応により熱力学的に安定な (2-1) に収束したと考えている。なお、(2-1) の立体構造はX線結晶解析によって決定している。次に塩入先生のDPPA [(PhO)2P(O)N3] で酸アジドに変換後、ベンゼン中還流でイソシアネート (2-2) に変換し、さらにMeOHを加えることでカルバメート (2-3) が得られた。
当初の予定はピリドンを構築するのではなく、ピリジンをまず構築してから酸化してN-オキサイドにし、それを転位させてピリドンにするつもりだった (通常は無水酢酸と加熱して加水分解すれば2-ピリドンになる)。そのためにまず (1-1) に1等量の過酸を加えてスルホキサイドにし、加熱によりエノン (1-2) に変換した。スルフィドの過酸酸化は慎重にやらないと、スルホンが出来てしまうので気を付けよう。次に沸点の高い (93-94°C) n-BuOCH=CH2中で還流することによりhetero-Diels-Alder反応を行い、得られたジアステレオマー混合物 (2-1) をエタノール中でhydroxylamine hydrochlorideで加熱するとMOM基の外れたピリジン (2-2) が高収率で得られた。1,5-dicarbonyl化合粒をピリジンに変換する常法である。ところが最終段階に近いところで3置換二重結合が2つある化合物では選択的にピリジンのN-オキサイドに変換できなかった。仕方ないので、ピリドンをエノンから構築することにした。
前ページのように (1-1) からエノン (1-2) に変換し、(1-3) をt-BuOKで脱プロトン化してエノンにMichael付加させた。この付加体をトルエン中で還流するとスルホキサイド脱離とともに環化が進行してピロン (2-1) が中程度の収率で得られた。次にピロンをアンモニア水中で加熱して2-ピリドン (2-2) が得られた。この新規ピリドン合成法はいずれ「反応開発」のコーナーに載せるつもりである。ピリドン (2-2) のままでは活性プロトンが存在して反応がやりにくくなるので、ここではMeI-Ag2CO3というCH3+種を発生させる条件で2-methoxypyridine (2-3) に変換しておいた。
(1-1) をMe3SiIをin situで発生させる方法でMOM基を外し、得られた水酸基をSwern酸化することでケトン (1-2) を得た。このケトンに対してWittig試薬を用いてethylidene基を導入したがE:Z=1:9で目的とするオレフィンは低収率かつ極めてマイナーな生成物だった。Danheiserの方法でMeCH2COSPh-LHMDSを作用させてβラクトンを生成し、熱分解でオレフィンに導いたがE:Z=1:3で、これも使い物にならなかった。そこで、もっと遷移状態で立体障害に対して敏感だと思われるビニルアルコールのSOCl2による転位反応を試みることにした。ケトンにビニルリチウムを加えてジアステレオ混合物 (2-2) を得た。これにSOCl2を加えると遷移状態でビニル基は6員環面に対して平行に近い状態になるだろうから-Hと-NHCO2Meを比較すれば立体障害の差は自明である。予想通り、(2-1) が単一の生成物として得られた。
LiBHEt3、又の名をSuper Hydrideという間現在は低温下でエステルを還元することもできるが、最大の特徴はSN2的に脱離基のついた化合物を還元できることだ。少々値段が高いのが玉に瑕だけどね。アリルクロライドは容易に還元されて、望むエチリデン化合物 (1-2) が得られた。最後に (1-2) を市販のMe3SiIとクロロホルム中で加熱してMe基を2つとも外し、さらにTMS基を外すためにメタノール中で加熱することで (–)-huperzine Aの全合成が完了した。