HO-416b と Agel-489の全合成

HO-416bとAgel-489はいずれもクモの毒液から単離されたポリアミンでグルタミン酸受容体をブロックする神経毒として知られる。クモとポリアミンの組み合わせは昔ゴードン会議でPfizerのRobert Volkmannが講演した時に初めて知った。マイトマイシンCの全合成をやったLihu YangがMerckに入社していて、ノシル基でポリアミン合成が出来るのではないかと言っていたが、当時はそれほど興味が無かった。東大薬の名誉教授でサントリー生有研の所長をされていた中嶋暉躬(てるみ:2025年没)先生がクモ毒を研究されていて、当研究室の助手となった菅さんも同研究所に在籍していたことからクモ毒に興味を持っていた。菅さんがノシル基を使ってクモ毒の合成をやりたいということで、学部4年生の干鯛優子(東大福山研一期生)に合成をやらせることにした。彼女は馬術部員で3年生の講義はろくに受講してなかったので教授連の顔も知らないくらいだった。教室紹介で私がニコニコしてたから、優しい先生だろうと思って志望したらしい。干鯛「私、あまり勉強してないので何から始めたら良いですか?」福山「まず、お馬さんにバイバイしてきなさい」しかし、頭も良く、要領も良い優秀な学生で、修士課程修了後に家庭に入ってしまったのが少々残念ではある(税金ドロボーってからかう仲間もいる)。

“Total Synthesis of Polyamine Toxin HO-416b Utilizing the 2-Nitrobenzenesulfonamide Protecting Group,” Y. Hidai, T. Kan, and T. Fukuyama, Tetrahedron Lett., 40, 4711-4714 (1999).

“Total Synthesis of Polyamine Toxin HO-416b and Agel-489 Using a 2-Nitrobenzenesulfonamide Strategy,” Y. Hidai, T. Kan, and T. Fukuyama, Chem. Pharm. Bull.48, 1570-1576 (2000).

天然のポリアミンの構成ジアミンの単位としては炭素3個か4個が多いので、まずその部品を作ることにした。C3からC5までを合成したが、面白いことにジアミンを3当量使うだけで高収率でものノシル体が得られた。別に証明されたわけではないが、おそらくノシル化されたアミンのプロトンが酸性に傾くので他方のアミンの窒素原子に分子内水素結合することにより二つ目のノシル化を起こりにくくしているように思える。実験操作としてはエタノール中でジアミンにNsClを–20 °Cで加え、30分後にNaOEt溶液を加えてNaClを析出させてからセライトで濾過し、EtOHを留去後に真空ポンプで未反応のジアミンを除去すると目的物が粉末として得られるという大量合成が可能な方法である。
まず (1-1) のアミノ基をBoc化してから5当量の1,3-dibromopropaneと3当量のK2CO3とともにDMF中で加熱して (1-2) を得た。これをpropanolamineのノシル体 (1-3)-Cs2CO3-Bu4NIとともにアセトニトリル中で加熱して (2-1) に変換した。だんだん化合物の極性が上がっていくので留去困難なDMFを使いたくないのでアセトニトリルにし、塩基もより活性の高いCs2CO3、ブロモ基もヨウ素体に変換して反応効率を高めた。(2-1) の水酸基はメシレートに変換してからNaIと加熱して (2-2) が得られた。一方、市販のインドール醋酸 (3-1) は塩化ピバロイルを用いて混合酸無水物にし、ノシル化したC4ジアミン (3-2) と縮合させて (3-3) に変換した。
ノシルアミド (1-1) とヨウ化体 (1-2) はアセトニトリル中Cs2CO3と加熱することでカップリング体 (2-1) を高収率で得た。次にメタノール中塩酸でBoc基を除去してアミンの塩酸塩(3-1: ここではフリー体にしてあるが)に変換した。このアミンをポリマーに担持してノシル基を除去し、ポリマーから切り出せば全合成完了である。
ところが、高価な2-chlorotrityl chloride resin (2-1) を購入して反応をやってみたところ三分の一くらいの活性しかなかった!こんなの使っていられねーと、自分たちでもっと「イケてる」樹脂を作ろうと思った。まず安価な樹脂としてはMerrifield resin (1-1) があるが、これに担持させてもポリアミンを回収することは出来ないが、土台にはなる。そこで考えたのがdiphenyl(p-hydroxyphenyl)carbinol (1-2) で、調べたところこの化合物は過去に2例だけ文献に記載されていたがポリマーに利用されたことは無かった。製法は極めて簡単でdichlorodiphenylmethaneとフェノールにAlCl3を加えてFriedel-Crafts反応を行い、氷に放り込めば結晶が出てきたと思う(淡い記憶であるが)。Merrifield resinに過剰の (1-2) とK2CO3をDMF中で加熱し、水を加えて濾過し、樹脂をCH2Cl2で洗って得られた (1-3) をCH2Cl2中塩化チオニルと反応させてから無水CH2Cl2で樹脂を洗えば出来上がり。このレジンは反応後にSOCl2-CH2Cl2で処理するだけで何度でも使える(7回使っても活性が落ちないことは確認したが、学生がこれ以上やるのは嫌だということでピリオド)。
ポリアミン (1-1) の塩酸塩をレジン (2-1) に担持し、得られた (3-1) を過剰のHSCH2CHOHとDBUで3つのノシル基を除去し、レジンをよくCH2Cl2で洗浄してからTFA /CH2Cl2で切り出してからレジンを濾過し濾液を留去してHO-416b (4-1) のトリフロロ醋酸塩を得た。このポリアミンはHPLCで精製するのも大変らしいが、合成品をサントリー生有研に送ったところ天然物よりもキレイだと中嶋先生にお褒めの言葉をいただいたと菅さんが喜んでいた。
Agel-489はHO-416bよりは少し大きい化合物であるが、一番の特徴はヒドロキシルアミンを有することである。二級アミンを過酸や(PhCOO)2などで酸化してヒドロキシルアミンを得る方法もあるが、概して収率は良くない。そこでCope eliminationを使ってヒドロキシルアミンを合成することにした。先ず、インドール醋酸 (1-1) とC3ジアミン体 (1-2) を縮合して (1-3) を得た。次にブロモプロパノールのTBS体 (1-4) とカップリングさせて (2-1) を得た。(2-1) のインドールN-HをBoc基で保護し、ノシル基の除去と生じた二級アミンのアクリロニトリルへのMichael付加、そしてTBS基の除去を経て高収率でアルコール体 (2-2) に変換した。
C3ジアミン体 (1-1) のアミンをBoc化してから過剰の1,4-dibromobutane-K2CO3でノシルアミドをアルキル化して (1-2) を得た。次いで (1-1) のアミンをAlloc化して得た (2-1) を (1-2) とカップリングしてほぼ定量的に (3-1) に変換した。Alloc基をPd触媒で除去し、得られたアミンをノシル化して (3-2) を得た。
アルコール体 (1-1) とノシルアミド (1-2) のカップリングは光延反応を使い高収率で (2-1) が得られた。シアノエチルアミン体 (2-1) を–10 °Cで1当量のMCPBAでN-oxideを作るとCope eliminationが進行してヒドロキシルアミンが生成する。その後Boc基を酸性条件で除去してアミンの塩酸塩 (3-1) を得た。
HO-416bと同様に (1-1) をレジン (2-1) に担持し、得られた (3-1) のノシル基をメルカプトエタノールで除去し、レジンをCH2Cl2で洗浄してからTFA-CH2Cl2で処理することでAgel-489を (1-1) から68%の収率で得た。ノシル基の利用によって従来のポリアミン合成法を大きく改良したと自負している。