FR901483の全合成

藤沢薬品(現アステラス)の工業化研究所から家田成さんが研究生として当研究室に来られるということで、それでは藤沢薬品の探索研究所で単離構造決定されて免疫抑制活性効果があることが示されたFR901483の全合成をやろうということになった。家田さんが全合成未完のまま会社に戻られたが、菅さん配下の院生だった藤本哲平君と朝生祐介君(両名とも第一三共株式会社の研究員として頑張っている)が同じく院生の北岡遥君の助勢も得てラセミ体の全合成を達成し、後に家田さんが重要中間体の光学活性体の合成を完成させたというプロジェクトだった。菅さんが精力的に研究を進め、私も関わったけれども主要な役割を果たしたわけではないので外で講演したことはない(これは私の鉄則で、研究室の若手が主人公である仕事に関しては自分では講演しなかった)。ここでは亡くなった菅さんに敬意を表してパワーポイントを1から作って当サイトに掲載しておく。

(1) “Stereocontrolled Total Synthesis of Potent Immunosuppressant FR901483,” T. Kan, T. Fujimoto, Y. Asoh, S. Ieda, H. Kitaoka and T. Fukuyama, Org. Lett., 6, 2729-2731 (2004). (2) “Stereocontrolled Total Synthesis of (±)-FR901483,” S. Ieda, Y. Asoh, T. Fujimoto, H. Kitaoka, T. Kan, and T. Fukuyama, Heterocycles79, 721-738 (2009). (3) “Synthesis of the optically active key intermediate of FR901483,” S. Ieda, T. Kan, and T. Fukuyama, Tetrahedron Lett.,51, 4027-4029 (2010).

モデル実験1としては、当時ときおり見かけた分子内Schmidt反応を試してみることだった。(1-1) のようなエポキサイドを出発物にすると光学活性体合成につながると期待した。つまりこのような6員環エポキサイドの場合開環はdiaxial体が生成するのが主生成物となる。TBSO基のように大きな置換基はequatorialの配座になるので (1-2) のような中間体が合成できる。(1-2) のHeck反応でbicyclo[3.2.1]骨格を構築し、シリルエノールエーテルをTBAF処理してアルデヒド (1-3) を得た。次にシアノヒドリンとオゾン分解を経由して得た中間体 (2-1) にTfOHを加えるとSchmidt反応が進行して望む3環性化合物 (2-2) が得られた。しかし、p-methoxybenzyl基の導入は困難でそれ以上の進展は見られなかった。
次のモデル実験はミュンヘン工科大学のThorsten Bach(私の友達)が報告したN-アシルピロリン (1-1) へのPaterno-Büchi反応を利用することだった。(1-1) はベンズアルデヒドと2+2光化学付加で (1-2) を与え、接触還元により (1-3) を与えるというもので、(2-5) で同様の反応が起きれば立体的にも位置的にももってこいの反応だった。ニトロ化合物 (2-1) をDBUを用いてアクリル酸メチルにMichael付加し、ニトロ基を接触還元することでスピロラクタム (2-2) が得られた。次に4段階を経てケトアルデヒド (2-3) を合成し、CSAと加熱したところアルドール反応が進行して (2-4) を単一の生成物として与えた。残念ながら (2-4) の脱水反応を諸条件で行ったが望む (2-5) は得られなかったのでこのルートは断念したが、アルドール反応が容易であることが分かって次ページからのラセミ体の全合成に適用することにした。
ニトロメタン (1-1) と過剰のアクリル酸メチルを0°CでDBUを用いてMichael反応を行うと高収率で (1-2) が得られた。このニトロ基をメタノール中Raneyニッケルで接触還元してラクタム (1-3) を得た。次に触媒量のメタノール存在下でNaHによるDieckmann縮合を行うとケトエステル体 (2-1) を得た。NaHは難溶性なので少量のアルコールを加えてアルコキサイドを生成させてDieckmann縮合をするのは常法である。メチルエステルを加水分解し加熱脱炭酸するとケトン (2-2) を生じた。ここでケトンをジメチルケタールとして保護してからラクタムの窒素をアリル化し、ケタールを加水分解して (2-3) を得た。
(1-1) のオレフィンをオゾン分解してアルデヒド (1-2) に変換した。モデル実験と同じくベンゼン中CSAと加熱することでアルドール反応が進行し (1-3) が単一生成物として得られた。下段の (2-3) から (2-4) のように二級アルコールをアセテートとして保護したケトン体のNaBH4還元ではexo側から還元が進行して目的物とは反対のアルコールが生成してしまった。(1-3) の還元では二級アルコールと同じ側からケトンの還元が起こるようにNaBH(OAc)3を用いたところ望む還元体 (2-1) が単一化合物として得られた。これはDave Evansが報告した鎖状のβヒドロキシケトンを還元する条件であり、還元剤がアルコールに結合してから分子内還元が進行する反応機構であり、我々の場合も予想通りの結果を与えた。(2-1) の二つの水酸基はTBSエーテル (2-2) として保護した。
(1-1) を1.6等量のTBAFを加えて室温放置すると2時のTBSO基が選択的に脱シリル化されて (1-2) を与えた。この水酸基をSwern酸化してケトン (1-3) を得た。(1-3) をLHMDSやKHMDSで脱プロトン化してp-MeOC6H4CH2Brを加えると低収率かつジアルキル体が無視できないレベルで副生した。条件検討の結果、過剰のTMEDA存在下でKHMDSを塩基として–78°Cでゆっくり反応させることで64%の収率で目的とするアルキル化体 (2-1) が得られた(常識どおりexo側からアルキル化)。
ケトン (1-1) をLiAlH4で還元すると目的物とは逆のendo-アルコールのにが得られたが、ここは菅さんの独壇場で、SmI2を用いて還元すると1電子還元後にサマリウムがラクタムのカルボニル基か窒素の孤立電子対に配位して水酸基をexo側に固定するために続く1電子還元とプロとネーションにより望むアルコール体 (2-1) のみが得られた。続いて水酸基をTBS化して (2-2) に変換した。
菅さんの北大理学部白濱研での博士論文研究はgurayanotoxinの全合成でSmI2の化学に精通していた。前ページのケトンの還元条件は彼にとっては当然やるべきことで、私は脱帽するしかない。
次の課題はアミノ基の導入であるが、ラクタム (1-1) の脱プロトン化経由で直接窒素原子を導入する方法はうまく行かなかった。ただ、BnOO2CN=NCO2Bnを反応させてから加水素分解する方法をやった覚えがないが。CO2とは容易に反応してカルボン酸 (1-2) が得られた。このカルボン酸はジアステレオマーの混合物でCurtius転位を行なっても混合物のままであり使い物にはならなかった。ただカルボキシル基の導入により活性化された炭素はNaNO2-HClという条件で容易にニトロソ化され、続く脱炭酸によってオキシム (1-3) を与えた。このオキシムを亜鉛還元の条件に付したところ目的とするアミン (2-1) を単一生成物として得た。次にギ酸-無水酢酸によるアミンのホルミル化と、ホルムアミドとラクタムを同時にLiAlH4還元し、二級アミンをCbz化することで (2-2) を得た。
まず (1-1) のTBS基をHFで除去してジオール (1-2) を得た。次に、核酸合成の定番である (BnO)2PN(i-Pr)2を用いて、立体的に空いた水酸基を亜リン酸エステルに変換し、TBHPで酸化すると容易にリン酸エステル (1-3) が得られた。最後に3つのベンジル基を加水素分解することでラセミ体のFR901483の全合成が完成した。
ラセミ体の全合成は終えたが、会社に戻っていた家田さんが論文博士号を取得したいということで、それでは光学活性なFR901483の全合成をやってもらおうということになった。このページの逆合成解析は特に説明を必要としないと思うが、基本は (2-3) の5員環ラクタムの構築にDieckmann型の縮合を適用すれば良い。そのためには (2-2) のようなN-acylamino acid amideを用いれば良いと期待される。勿論、そのための最適な反応はUgiの4成分連結反応であり、(2-1) に示したような容易に得られる4化合物を用意すれば良いということになる。
まず、光学活性アミン ((2-4) の合成を行った。幸いなことに、中間体 (2-1) の合成ルートはパテントとして報告されていて、その条件に従った合成を行った。まず市販のN-Boc-L-tyrosine (1-1) をメチル化して (1-2) を得た。このエステルに過剰のClCH2CO2Naとt-BuMgClから生成したジアニオンを付加させると脱炭酸を経てクロロメチルケトン (1-3) が得られる。ケトン (1-3) をNaBH4で還元し、得られたクロロヒドリンをNaOHで処理してエポキサイド (2-1) を得た。これをKSCNと反応させるとエピスルヒド (2-2) に変換できる。学生諸君はこの簡単な反応機構を解いてみればよい。エピスルヒドをPh3Pと加熱すればオレフィン (2-3) が得られる。Pはthiophileと言われ、親硫黄性があり、この場合は硫黄原子を直接アタックする反応機構が提唱されている。次にBoc基を酸性条件で除去してアミン (2-4) を得た。
Ugi反応に使っているp-MeOC6H4NCの合成は、ホルムアミドの(ホスゲンやPOCl3による)脱水反応よりは、簡便なp-anisidineをCHCl3とNaOHで加熱する方法が便利である。(1-1) の4成分をメタノール中室温で放置することによって (1-2) が高収率で得られた。これをメタノール中でCSA処理すると室温でアミドからメチルエステル (1-3) に変換できる。アミドからエステルへの変換は高温加熱するのが一般的であり、この場合はアセトアミドのカルボニル酸素が隣接基関与していると考えられる。(1-3) をLHMDSで脱プロトン化するとDieckmann様の反応が起こってスピロ環 (2-1) が形成される。次にケトンをNaBH4還元し、POCl3-Pyで脱水すると (2-2) が得られた。(2-2) をメタノール中金属マグネシウムで還元 (dissolving metal reduction) し、ジメチルケタールを加水分解することで (2-3) を得た。
(1-1) のオレフィンをオゾン分解してケトアルデヒド (1-2) に変換し、室温で触媒量のピロリジンと酢酸を用いてエナミン経由 (1-3) でアルドール反応を行うと目的物 (1-4) が得られた。ラセミ体全合成で確立したように (1-4) をNaBH(OAc)3で還元すると (2-1) を得た。以後、ラセミ体全合成に用いた経路に従って光学活性FR901483 (2-3) を高い光学純度で合成することに成功した。