Eudistomin類に興味を持ったのは千葉大薬の中川昌子先生の発表された全合成を目にした時だったと思う。今まで見たことがない7員環骨格を有して抗ウィルス活性も持つ稀有な天然物だった。この7員環構築に中川先生は苦労されていたので何か効率的な方法がある筈だと思っていた。藤沢薬品から研究生としてライス大学に来られた河合伸高さんが1年滞在することになっていたので、基本骨格の構築をやってもらうことにした。残念ながらこれぞという方法は見つからなかったが、ある程度様子が分かってきたので決して無駄ではなかった。日本に帰ってきてから徳山さん配下の学生だった山下徹君(現武田薬品)に全合成を託し、粘り強い彼の努力でeudistomin Cの全合成を完成させることができた。その後、主として山岸尋亮君がeudistomin Eの全合成を達成したが、主ルートがCに類似しているので、ここでは特に解説しないことにした。Eudistomin類が抗ウィルス活性を有するので某製薬会社との共同研究で芳香環に様々な置換基を導入した誘導体の活性試験をしたが、残念ながら抗ウィルス活性と毒性とのウィンドウが狭すぎて薬として開発することは断念した。
(1) “Stereocontrolled total synthesis of (–)-Eudistomin C,” M. Yamashita, N. Kawai, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc., 127 , 15038 (2005); (2) “Synthesis of Eudistomin C and E: Improved Preparation of the Indole Unit,” H. Yamagishi, K. Matsumoto, K. Iwasaki, T. Miyazaki, S. Yokoshima, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, Org. Lett. , 10 , 2369 (2008); (3) “Stereoselective Formation of a β-Lactam Fused Oxathiazepin: A Synthetic Approach to Eudistomins,” T. Yamashita, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, Synlett , 738 (2003).
中川先生が達成されたeudistomin Lの全合成でのキーステップはPummerer転位を利用するものだった。(1-1) の硫黄原子をMCPBA酸化して得られたスルホキサイド (1-2) を酸性条件に付すと脱水反応が進行して、硫黄原子で安定化されたカルボカチオン (2-2) が生成し、これがヒドロキシルアミンの水酸基によって捕捉されて (1,6,2)oxathiazepine骨格を持つ (2-1) が得られるというものである。勿論、Pummerer転位では無水酢酸や無水トリフロロ酢酸を用いるが、ここではヒドロキシルアミンが存在するためにその条件は使えない。おそらく (2-2) よりも二重結合が内側に入った中間体の方が安定であるために収率が悪いのではないかと推測する。
ライス大学で河合さんにやってもらったモデル実験で分かったことは、 (1-1) のようなヒドロキシルアミンをNaHでNO– にすると窒素原子の電子密度が増加して、結局はアミンオキシド (2-1) になってしまうということだった。
成功した全合成ルートを解説する前に山下君が行った失敗ルートも面白いので紹介しておこう。このアイデアに至った逆合成解析は上図のとおりで、まず (1-1) のC-N結合を切断して (1-2) に導き、我々の第二世代インドール合成法を適用して (1-3) から (1-2) を構築しようと考えた。(1-3) はBoc基で活性化されたβラクタム (2-4) にアニリン誘導体 (2-3) を反応させてからLawesson試薬を用いてチオアミドに変換すれば (1-3) が得られるだろう。(2-4) は (2-2) からオキシムを形成して還元すれば得られると考えた。そして (2-2) はStaudinger反応で容易に合成可能な (2-1) から誘導できると思ったので早速実行に移した。
Staudinger反応というとアジドをフォスフィンで還元してアミンにするのが一般的であるが、イミンとケテンとの反応でβラクタムを合成するのも有名である。置換基が芳香環である場合が多いが通常はcis -β-lactamが主生成物となる。なおペラペラの脂肪族アルデヒドではβラクタムは得られず、α位が酸素や窒素で置換されている場合はβラクタムが得られる場合が報告されている。酸塩化物 (1-1) とイミン (1-2) の混合物にEt3 Nを加えてケテンを発生させるとcis-βラクタム (1-3) が得られる。二重結合をオゾン酸化して、反応液にNaBH4 を加えるとアルコールに還元され、さらにトシル化することで (1-4) を得た。次にベンジル基を加水素分解し、水酸基をTBS化して (2-3) に変換した。(2-3) をDMF中でAcSH-Cs2 CO3 と加熱するとチオアセテート (2-2) が得られた。チオアセテートを加メタノール分解し、BrCH2 ClとKOHと相間移動触媒を用いることでClCH2 SR体を得た。これをヒドロキシルアミンのフタルイミド誘導体と反応させることで (2-1) を良好な収率で得た。
(1-1) のTBS基を脱シリル化して得られた水酸基をSwern酸化の条件に付すことでケトン (1-2) を得た。これをヒドラジン処理するとフタルイミドが除去されて環化体 (1-3) が得られたがオキシムエーテルにはなっていなかった。そこでPOCl3 -Pyで脱水すると (2-3) が得られた。次にC=N結合をLiBH4 で還元し、アセチル化することで (2-2) に変換した。βラクタムの保護基の脱保護は次のような条件で行なった。MOM基の脱保護は強い酸性条件を使うのは避けてTMSCl-NaIというin situでTMSIを発生させることにした。得られたフェノールをCAN酸化してβラクタムのNH体を得た後にBoc2 O-DMAPを用いてN -Boc体 (2-1) を得た。
N -アシル化されたβラクタムは求核剤によって容易に開裂するが、(1-1) は取り敢えずKOHで加水分解してカルボン酸 (1-2) に変換した。アミン (1-3) 直接かMe3 Alを使ってアミド (1-4) に導くことも可能だと思うが、なぜそのルートにしなかったのかは思い出せない。ここでは従来法でDCC-HOBtを用いて (1-4) を得た。アミドとカルバメートではアミドの方が反応性は高いので、(1-4) をLawesson試薬で処理するとチオアミド (2-2) が得られた。ところが非常に残念なことに、(2-2) を我々の第二世代インドール合成法を適用したところ所望のインドール (2-1) が生成しなかった。N-O結合がラジカル条件で切れたのか、それともチオアミドにラジカルが攻撃して生ずる炭素ラジカルによってC-N結合が切れたのか? いずれにしても全合成の終盤にこのような困難に直面するのは時々あることだ。がっかりではあるが、別のアイデアを考える起点にもなるので落ち込んでばかりは居られない。他にもいくつか異なるインドール合成法を用いたルートを試してみたが、いずれもeudistominの骨格を構築することはできなかった。
折角 (1,6,2)oxathiazepine骨格を確実に合成できるルートを開拓したのにインドール環を構築できなかったので逆合成解析をやり直すことにした。ちょっと無謀な気もしたが (1-2) から (1-1) のように閉環する可能性がないかを考えてみた。勿論、R1 R2 N-O-CH2 -ClにR-CH2- S– を生成して閉環する経路も考えられるが、なぜかN-O-CH2 SHという見慣れない中間体は存在できると期待したのだ。その根拠となるのはCH2 =Sのようなチオアルデヒドは反応性が極めて高い高エネルギー種であるので容易にC-O結合を開裂させてヒドロキシルアミンを生成することは無いと思った。(1-2) の前駆体として (2-2) を想定し、アルコキシルアミンを有するインドール (2-1) とGarnerアルデヒド (3-1) とのPictet-Spengler反応で (2-2) を構築しようと考えた。
ここで問題となったのは、如何にして安定なN-OCH2 SMe体 (1-1) から、反応性の高いN-OCH2 Cl体 (1-2) に変換するか、ということである。丁度その頃スイスのETH (Eidgenössische Technische Hochoschule) を訪問する機会があり、名前を忘れてしまったが若手で糖化学をやっていた研究者と話す機会があった。その時、糖の水酸基の保護にTBSOCH2 基を使っていたので、どうやって保護したのか尋ねたところ、TBSOCH2 SMeをSO2 Cl2 で処理するとTBSOCH2 Clが得られるのでそれを使って水酸基を保護するということだった。その時に、これはeudistomin合成に使えるぞ、と直感した。下段の論文にあるように、(1-1) をSO2 Cl2 と反応させれば (1-2) が得られる筈である。次いでAcS– によってチオアセテート (1-3) に変換し、アルコキシ基を脱離基に変換後 (2-3) チオアセテートを加水分解すれば (2-2) が生成し、直ちに閉環すれば望む (2-1) が得られる筈である。
ということで、インドールのベンゼン環部分に置換基のない化合物でモデル実験を開始してdebromoeudistomin Lの合成に成功した。ここでは、その後行ったeudistomin Cの全合成について解説する。市販のメタアニシジン (1-1) から容易に得られるアニリン誘導体 (1-2) をSandmeyer反応の条件に付してヨウ化物に変換し、鉄粉を用いた還元条件でニトロ基をアミンにしてトリフロロ酢酸アミド (1-3) を得た。ニトロ基の還元を接触還元や亜鉛還元で行うと脱ブロモ化が一部進行したが鉄粉の場合は脱ブロモ化は起きなかった。次にアリルアルコール (2-1) を光延反応条件下で反応させてアルキル化体 (2-2) が得られた。通常、光延反応の分子間反応では求核剤の共役酸pKaが13程度以下でないと進行しないが、アニリンのトリフロロ酢酸アミドはギリギリの線かもしれない。(3-2) のHeck反応は二重結合の転位および脱トリフロロアセチル基を伴い、インドール (3-1) を与えた。
(1-1) のインドールNHをBoc2 O-DMAPでBoc化し、メタノール中でCSAを使ってTBS基を外した。インドールのNH部位を保護するのに一番簡単なのはBoc化で、室温でもこの反応は進行する。例えばベンゾイル化やトシル化ではNaHを使わなければ効率的に反応がいかない。次にノシル基で活性化された (2-1) と光延反応を行うことで (3-2) が得られた。新化合物 (2-1) の合成法は (1) PhthNOHをMeSCH2 Cl (MTMCl) とNaHを用いてDMF中60°C加熱でPhthNOMTMに変換し、(2) PhthNOMTMのTHF溶液にH2 NNH2 ·H2 Oを加えて室温放置後にo -NsClとPyを反応液に加えれば良い。(3-2) をMe2 S存在下でTFAを用いると脱Boc化が起き、常法で脱ノシル化を行うことで (3-1) が得られた。脱Boc化の際にMe2 S, MeSPh, MeOPhなどを共存させるのはt -Buカチオンが電子リッチな化合物(この場合はインドール環)に襲いかかるのを防ぐためである。
少々冗長ではあるが山下君には、前ページの経路でインドール中間体を合成してもらった。ところが、少し後のグループミーティングでポーランドの化学者Makoszaによるニトロベンゼンのオルト位への置換反応が紹介された。これは使えるぞ、と思って山岸君に色々と条件検討をしてもらった。彼の修士論文の1ページを掲載するが、ご覧のようにentry 62bの2,6-dichlorophenoxyacetonitrileが一番良い位置選択性を示したのでこれを使うことにした。
ニトロベンゼン (1-1) と (1-3) の混合物にt -BuOKを加えると (1-3) が良好な収率で得られた。これを脱ブロモ化を起こしにくいRh/Cを触媒として接触還元を行うと、インドール (1-4) が52%の収率で得られた。インドール3位のシアノメチル化は常法どおり、まずMannich反応でMe2 NCH2 基を導入し、次にNaCN水溶液と加熱することで (2-1) を高収率で得た。(2-1) のニトリル基をDIBAL還元し、生じたアルデヒドをNH2 OMTMでオキシムエーテルとし、さらにNaBH3 CN-TFAで還元することで (2-2) を得た。
さて次は (1-1) とD-serineから作ったGarner’s aldehyde (1-2) とのPictet-Spengler反応である。この条件検討はしぶとい山下君が相当に努力した。彼がモノクロロ酢酸を使ってトルエン中室温で反応させると目的物が91:9の比率で得られると言ってきた時は信じられなかった!アセトニトリル中TFA–40°Cでは9:91だったのに!この条件検討では私は何の指示も出してないし、とにかく訳が分からん、というのが正直なところである。私が知らないところでこんなに良い結果が出るのは正しく喜ぶべきだろう。
最終的にはジクロロ酢酸がベスト (10:1) の結果を与えた。(1-3) のインドールNH基の保護はα-chloroethoxycarbonyl基を用いることにした。まずBuLiでアニオンを作り、ACEClを加えてアシル化した。次にSO2 Cl2 と反応させて (2-2) を得た。この反応性の高いクロライドをチオ酢酸とHünig baseで処理してチオアセテート (2-1) が得られた。
(1-1) のアセトナイドを加水分解し、得られた水酸基をメシレート (1-2) に変換した。これをK2 CO3 存在かでメタノール中で環流するとeudistomin骨格を持つ化合物 (2-2) が得られた。すでにモデル実験で環化が起きることは分かっていたが、期待通りC-O結合の開裂は起きなかった。なおACE基はメタノール中還流の条件で脱保護できることはよく知られている。ただ、ACEClは少々高価なのが玉に瑕である。(2-2) の脱メチル化はBBr3を用い、勿論この条件でBoc基も外れて(–)-eudistomin Cの全合成が完結した。小さいながらなかなか合成困難な、思い出に残る天然物である。