Ephedradine Aの全合成

Ephedradine Aは中国伝承薬の麻黄根の活性成分として単離されたスペルミンアルカロイドである。私自身は知らなかったが、天然物全般に博識の菅さんが全合成をやってみたいと言うので、彼の配下の黒澤渉君(現味の素)にやってもらうことにした。この研究の半分以上は菅さんと黒澤君の努力によって為されたが、私も屡々首を突っ込んでいたので、故人となった菅さんに代わって研究の展開を記述しておく。

“Stereocontrolled Total Synthesis of (–)-Ephedradine A (Orantine),” W. Kurosawa, T. Kan, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc.125, 8112-8113 (2003).

当然ながらポリアミン化合物であるので我々の開発したノシル基を利用するのが基本となっている。菅さんがノシル基に関する総説をChem. Commun.に執筆したときに、表紙にはephedradine Aの構造式と麻黄が使われた。
大まかな逆合成解析をここに示すが、菅さんと話し合いながら決めたと思う。この時点ではすでにノシル基による大環状ポリアミンの形成にはかなり楽観的になっていた。ラクタム形成は色々な手段があるし、光延反応を使った大環状アミンを形成するために (1-1) から (1-2) へ変換し、さらにアミド結合を切断して (2-1) に導いた。(2-1) のβ-アミノ酸はSharplessの不斉あみのヒドロキシル化をイメージしていたので、アクリレートとのHeck反応を想定して (2-2) に至った。この時点でジヒドロベンゾフランの不斉合成を考えなければならないが、これは菅さんがカルベノイドを使った不斉C-Hインサーションをやってみたいと言うのでそうするか、ということになった。
まず市販のp-bromophenol (1-1) をアリル化してPhNEt2中210 °Cに加熱してClaisen転位を行い (1-2) を得た。PhNEt2は沸点が高く、塩酸を使う分液操作で簡単に除去できるのでClaisen転位によく用いられる溶媒である。次にp-benzyloxybenzyl chloride (1-3) でフェノール水酸基をアルキル化し、得られた (1-4) をオゾン酸化とKraus酸化でカルボン酸にし、さらにMeI-K2CO3でメチル化してエステル (2-1) に変換した。爆発性の低い (2-2) とDBUを使って (2-1) をジアゾ化することで (2-3) を得た。この条件では通常のエステルはジアゾ化できないが、ここではベンジル位なので反応が進行する。
Rh触媒による (1-1) の不斉CH挿入反応にはDaviesや北大の橋本俊一さんの触媒を用いたが高い不斉収率は得られなかった。生成物はシス体とトランス体の混合物となったが塩基によってシス体はトランス体に容易に異性化するのでそこは問題とはならない。
そこでエステル部分にキラル中心を持つ出発物を用いてジアステレオ選択性も加味した不斉CH挿入反応を企画した。まずはl-メントールのエステル (2-1) を用いたところ大して良い結果は得られず、Rh2(S-DOSP)4を触媒にしたときに1:3で要らない化合物が主生成物となった。次にmethyl L-lactateのエステル (2-2) を用いたところRh2(R-DOSP)4を触媒にして1:7でエナンチオマー (1-4) が得られた。さらに次ページの知見を基にして乳酸アミド (2-3) で不斉CH挿入反応を試みたところ、Rh2(R-DOSP)4を触媒にした時に1:13 (86% de) で (1-4) が得られた。触媒のリガンドのキラリティーに関わらず (1-4) が主生成物になっていたので不斉補助基の役割が大きいと言える。
なぜ前ページのような不斉補助基を用いたかというと、米国出張のついでにMerck社のプロセス研究所を訪れてDavid Tschaenとディスカッションした時に図のような不思議な反応を紹介されたからだ。これを不斉CH挿入反応に適用すればどうなるのか興味があって帰国後すぐに黒澤君にやってもらったという訳だ。もちろんDavidは私たちが開発した、 p-MeOC6H4ORをCANで脱保護して光学活性なα-hydroxycarboxylic acidを合成することが目的だった。
これまでL-乳酸由来の不斉補助基を使ってきたが、これをD-乳酸由来のものにすれば望むジヒドロベンゾフラン体が得られることになる。ところがD体はL体よりも10倍以上値段が高いのでL体から光延反応を使ってD体にすることにした。
予想通りL-乳酸由来の (1-2) とカルボン酸 (1-1) の光延反応は円滑に進行して (1-3) を与えたので、直ちにジアゾエステル (2-1) に変換した。
Rh2(S-DOSP)4を触媒とするCH挿入反応は非常にスムーズに進行し、窒素の泡が出終われば完了という分かりやすい反応だ。次に(1-2) のエステルをBα(OH)2用いて加水分解し、カルボン酸 (2-1) を得た。
ところがカルボン酸 (1-1) と二級アミン (1-2) の縮合は立体障害のためか困難を極め、種々の条件を使ったがWSCDを縮合剤に使って (1-3) が10%くらいの収率で得られるのがやっとだった。
アミド形成への解決策としてはカルボン酸 (1-1) をアルコール (1-2) と縮合してエステル (1-3) を構築し、ノシル基を除去して得られるアミン (2-1) を5員環遷移状態を経由して転位させれば良い。当初は加熱すれば容易に転位すると期待したがうまく進行しなかった。
Weinrebのアミド合成のようにMe3Alでアミンを活性化 (Me2AlNR) すれば良いと思ったが収率は30%くらいにしかならなかった。私の知らないうちに、菅さんのアイデアか黒沢君のアイデアか今だにわからないがMe3Alの代わりにMe 2AlClを使うとアミド (1-3) が67%の収率で得られることが見出された。これは私の指示した条件でないことはここで強調しておく。(ボスの知らないうちに問題解決がしばしば起こればこれ程楽なことはないが、まあ、そう易々とは問屋が卸してくれない)
さて次はβ-アミノ酸部分の構築である。桂皮酸誘導体におけるSharplessの不斉アミノヒドロキシル化では、 (DHQD)2PHALを触媒に用いた場合はベンジル位にアミノ基が配置されるのが主生成物であることは報告されている。そこで、(1-1) の水酸基をアセテート (1-2) にしてからHeck反応を行って桂皮酸誘導体 (2-1) を得た。続くSharplessの不斉アミノヒドロキシル化では12:1の位置選択性で望む (2-2) が主生成物として得られた。
(1-1) のエステルのα位水酸基の除去はクロライド経由にした。一般的に言ってsp2炭素の横のハライドは加水素分解を受けやすいことが知られている。まずAppel反応を使って水酸基をクロライド (1-2) に変換した。次にCbz基とクロライドの除去をPd/C-HCO2NH4というtransfer hydrogenationで行ったが残念ながらフェノールのベンジルエーテルも同条件下で除去されて (2-1) が得られた。(2-1) のアミノ基がベンジル化されないように光延反応でフェノールをベンジル化した後にアミンをノシル化して (2-2) を得た。
ノシル基を使った化学を菅さんは「ノシルストラテジー」と言っていつも得意そうにしていた。元々このケミストリーは私がアメリカで発案し、Mui CheungとChung-Kuang Jowという二人の院生に基礎的な実験をやってもらったのだが、菅さんはいち早くその有用性に目を付けて、天然物合成への適用に拡大していった。私は「ストラテジー」などと格好よく言うのは性に合わないので、いつも「ノシル基を使った化学」と言っていた。(1-1) と1,3-propanediolのTBSエーテル (1-2) を光延反応でカップリングさせて (1-3) を得た。(1-3) のノシル基を常法で除去し、得られたアミンをCbz化して (2-1) を得た。
次はノシルアミドの得意なマクロ環化である。(1-1) を光延反応の条件に付すと、0.05 Mと少々高希釈な溶液ではあるが円滑に環化が進行して (1-2) が得られた。