Duocarmycin Aは協和発酵で単離構造決定された抗腫瘍活性を持つユニークな天然物で、協和発酵のコンサルタントを1987年からやっていた私は、UpjohnのCC-1065 (東北大薬の徳山さんが全合成している)に似ていることもあって大いに興味を持っていた(私はUpjohnのコンサルタントもやっていた)。そこで、外国生活が長く、UCLAから博士課程に入学してきた山田健君に全合成をやってもらうことにした。理学部の奈良坂研から移ってきた黒川利樹君(現エーザイ)が開発した2,6-dibromoaryllithiumのニトロオレフィンへの付加反応を利用しているので彼の名前が論文に載っている。健ちゃん(私の次男が同名なのでいつもそう呼んでいた)のお父さんがトヨタに勤めていて、ドイツに転勤した際に一緒に渡欧し、確かベルギーの高校から米国のブラウン大学に行って学部研究はKathlyn Parker教授の下で行っている。日本の大学院に行きたいと岸先生に相談してから私の方にお鉢が回ってきたのだが、外国で高等教育を受けた人物が東大の修士課程に入るのは大変だから米国で修士号を取ってから博士課程の試験を受けるように助言した。その後、博士課程の入学試験は2番は何処にいるのか?というくらい高い点数で入ってきたのが記憶に残っている。このプロジェクトではCuI-CsOAcという条件で芳香環のアミネーションが高効率的に進行することが見つかった思い出深い研究である。健ちゃんは現在Novartisの研究員として米国Cambridgeで頑張っている。
“Total Synthesis of the Duocarmycins,” K. Yamada, T. Kurokawa, H. Tokuyama, and T. Fukuyama, J. Am. Chem. Soc., 125, 6630 (2003).
Duocarmycin A (1-1) の逆合成ではシクロプロパン環がHBrで開館してbromomethyl体になり、塩基処理で元のシクロプロパン環が再構築されることは協和発酵で確認されていた。従って (1-2) は最終中間体として使えることは自明である。またアミド結合も開裂して (1-3) に導ける。ここで (2-4) のC-N結合形成をパラジウム触媒によるBuchwaldのアミネーション反応を用いることにした。(2-4) の臭素はアミノ基のパラ位に位置するためブロモ化で簡単に導入できるので (2-3) が中間体として適当である。さて、次のアミノ酸導入では (2-2) のリチウムハロゲン交換を使って活性化したアシル体に付加することを期待した。(2-2) のC-N結合もBuchwaldのアミネーション反応を利用するとなれば (2-1) のような光学活性ジブロモ体の合成を考える必要があるが、その時点では特に名案があったわけではない。
Duocarmycin Aの全合成に必要な4-benzyloxy-2,6-dibromobenzene (3-2) の合成はp-ニトロフェノール (1-1) から始めた。まずフェノールを堅固なメシレート (1-2) として保護し、ニトロ基を水添してアミン (2-1) に変換した。高圧水素を用いたがParrの耐圧容器を使うと反応が早いのが理由で風船を使っても接触還元はきれいに進行するはずである。Parrの耐圧容器と言えば、Rice大学で10 mlから500 miくらいのを10本近く持っていたが、日本でも簡単に買えるだろうと思って帰国前に同僚のMarco Ciufoliniに全部あげてきた。ところが日本でParr社のカタログを見たら全部2倍かそれ以上の値段が付いていて「しまった!」と思ったものだ。アミン (2-1) の臭素化はパラ位が塞がっているので両隣に問題なく2,6-ジブロモ体 (2-2) が得られた。次に典型的なSandmeyer反応を行うことでヨウ化体 (3-1) を得た。ここでメシレートを加水分解し、ベンジル化することで所望の (2-2) を得た。フェノールのメシレートについてコメントするならば、MsO-ArはH~Arとほぼ同等の電子供与性となり余計なハロゲン化や酸化を防ぐことができる。MeO-とかBnO-ではHO-より少し反応性を抑えることができるだけである。
次に2,6-dibromoaryllithiumをジアステレオ選択的に付加させるための光学活性ニトロオレフィン (2-2) を合成した。黒川君の予備実験で2,6-dibromoaryllithiumはアルデヒドには収率よく付加するが、leinamycin合成に用いたようなconjugated allenyl esterに対しては立体障害のためか全く付加せず、2位が脱プロトン化されてアセチレンエステルが得られたのみだった。これでは役に立たないと思った時にふと頭に浮かんだのが「ニトロメタンは熱力学的には酸性度が大きいが、速度論的にはそれほどでもない」とハーバード大学で他の研究室の院生(誰だったか思い出せない)が言っていたことだ。「どういう意味だ?」とその時聞いておかなかったのが悔やまれるが、ニトロオレフィンのα位もγ位も速度論的には脱プロトン化が遅いのではないかと思い、黒川君にやってもらったところほぼ定量的に2,6-dibromoaryllithiumはニトロオレフィンに付加した。
桂皮酸メチル (1-1) にSharplessの不斉次ヒドロキシル化を行い、得られたジオールをアセトナイドに変換して (1-2) を得た。次にDIBAL還元でアルデヒドに変換し、Henry反応でニトロメタンを付加させて (2-1) が得られた。エステルのDIBAL還元はα位やβ位にアルミニウムが配位できるような場合は高収率でアルデヒドが得られるが、配位する官能基が無い場合はアルコールまで過還元されることが多い。「定量的にアルデヒドが得られた」などという記述が時々見られるが、実験者が天才的に腕が良いか、嘘をついていると思った方が良い。(2-1) の脱水はMsCl-Et3Nの条件で簡単に行えてニトロオレフィン (2-2) を得た。
n-BuLiはTHFのような配位性の溶媒中ではダイマーとなって反応性が増すことが知られている。したがって (1-1) にTHF中でn-BuLiを作用させるとI-Li交換と同時にBr-Li交換も進行してしまい、後者ではおそらくベンザインが生成したりして反応が複雑になった。もっと反応性の低いMeLiを用いたところI-Li交換が選択的に進行したが、MeIが生成してメチル化された化合物が生成した。トルエンのようなnon-coordinating溶媒を使ってみたらn-BuLiが反応性の低いオリゴマーとして存在するだろうということで、実際反応を行ってみるとI-Li交換のみが進行して光学活性ニトロオレフィン (1-2) にジアステレオ選択的に付加して (1-3) が82% deで得られた。次にアセトナイドを酸性条件で加水分解して得られたジオール (1-4) を過ヨウ素酸で切断後にNaBH4還元することで (2-1) が結晶で得られた (>98% ee)。ニトロアルカン (2-1) を鉄粉で還元して得られたアミンをノシル化し (2-2) が得られた。(2-2) をベンジル化してから反応溶液中にPhSHを加えてノシル基を除去することでベンジルアミン (2-3) を得た。
さて、次の課題は芳香環のアミネーションである。MITのBuchwaldが報告したパラジウム触媒による方法をまず試してみることにした。
Buchwaldの初期の条件を用いて反応を行ったところ、(1-1) から目的とする (1-2) が28%の収率で得られたが、脱ブロモ体 (1-3) が7%と満足すべき結果ではなかった。Pd触媒やリガンドと塩基をそれぞれ変えて脱ブロモ体の生成を抑えることができたが、それでも34%の収率でしか目的物は得られなかった。Emory大学のLanny LiebeskindがStilleカップリングで末端オレフィンの1位にスズがついた出発物を使うと反応点が2位に転位した副生物が得られるのをCuIを加えることによって抑制することができることをJACSに報告していた。私はこれを深く考えずにPdとCuは何らかの協奏反応を引き起こすのではないかと思い、米国出張に出かける前に健ちゃんにCuIを入れて同じ反応をやってくれと頼んだ。帰国してから健ちゃんにどうだったかと尋ねたら、「反応がうまくいきました」ということで、詳しく聞いてみた。CuIは安いのでおそらくかなり過剰に加えたと思うが、念の為に加熱する前にTLCをチェックしたら反応が終わっていたそうで、こんなに簡単に進行するのならPdは関与していないと思ってCuIとCsOAcのコンビネーションで反応を行ったところ、この条件で反応が完結することが分かったということだった。まあ、CuIを入れてって頼んだのは私だから、私が見つけた反応かな?なーんて、ちょっと図々しいかしらね。CuOAcは市販されているが空気酸化されやすくアンプルに入った高価な試薬である。この試薬のみを使っても同様の反応が進行するので、おそらくCuI-CsOAcのコンビネーションでCuOAcが生成し、それがこのアミネーションを触媒していると思われる。
Duocarmycin Aの合成で健ちゃんはCuI-CsOAcのアミネーションを全て室温で進めようと決めたので(私だったら勿論加熱してサッサと終わらせるが)、私も特に口うるさく言わなかった。(1-1) に10 mol%のCuIと1.4 当量のCsOAcを加えて24時間室温で反応させて (1-2) を70%の収率で得た。次に水酸基をTBS化して (1-3) に変換した。CuI-CsOAcを用いた分子内アミネーションについてはSynlett, 231 (2002)に報告しているので興味ある方はご覧下さい。
光学活性アミノ酸ユニットの導入ではaryllithiumのアズラクトンへの付加を考えていたのでまずモデル実験を行うことにした。アミドの加水分解は強酸を用いるなどのトラブルが予想されたのでフタルイミドへの変換を企図したアズラクトン (1-2) を用いた。まずモデル化合物 (1-1) をBuLiでハロゲン-リチウム交換し、(1-2) を加えることでケトン体 (1-3) を得た。次にPd触媒と一酸化炭素でカルボニル化を行い、予定通りフタルイミド体 (2-1) を良好な収率で得た。これをヒドラジンで処理したところヒドラジド (2-2) で反応が止まってしまい、望むアミンが得られなかった。そこでCbz化されたアミノ酸からアズラクトンが得られるか検討することにした。
下段に光学活性アズラクトン (2-3, 1-2) の合成を示す。(2-1) はN-Boc体の合成はtantazole Bの合成に紹介したとおり、dimethyl malonateから合成した。加水分解酵素であるPLEを使って (2-2) を94% eeで得た。果たして単離可能なアズラクトンが得られるか心配したが、トリホスゲンを使って容易に (2-3) が得られた。ブロモ体 (1-1) をn-BuLiでハロゲン-リチウム交換し、アズラクトン (1-2) を加えるとケトン体 (1-3) がまずまずの収率で得られた。
(1-1) のブロモ化はアミノ基のパラ位が優先されるので (1-2) が得られる(健ちゃんの博士論文では91%の収率)。次の分子内アミネーションはCuI (2 eq) とCsOAc (5 eq) を用いて室温3時間で定量的に (1-3) が得られた。CsOAcはかなり吸湿性で秤量しにくいので適当に過剰量を用いたことが多かった。(1-3) の脱ベンジル化には信頼できる2段階反応を用いた。まずTrocClを使って加熱しTroc体 (2-1) に変換し、亜鉛還元でTroc基を外してアミン (2-2) を得た。
次は右側のインドール部分の合成で、市販の3,4,5-trimethoxybenzaldehyde (1-1) を臭素で処理して (1-2) を得た。このアルデヒドをデヒドロフェニルアラニン合成のための定番であるHorner-Emmons試薬 (1-3) を使って (1-4) に変換した。これをCuI-CsOAcによる分子内アミネーション反応を室温で行ってインドール体 (2-1) をほぼ定量的に得た。続く接触還元でCbz基を除去し、得られた (2-2) のメチルエステルをアルカリ加水分解してカルボン酸 (3-1) にし、さらにSOCl2処理で酸クロライド (3-2) が得られた。
アミン (1-1) を前ページで合成した酸クロライド (1-2) でアシル化してアミド (1-3) に変換した。(1-3) のTBS基をTBAFで脱シリル化し、得られたアルコールをメシル化した後にCbz基を加水素分解してフェノール (2-1) を得た。このフェノールをアセトニトリル中でCs2CO3で処理するとシクロプロパン化が進行して(+)-duocarmycin A (2-2) の全合成が完成した。本全合成ではCuI-CsOAcを用いた分子内アミネーションを3ヶ所で行ったが、後に記述するyatakemycinの全合成では5ヶ所で行ってその有用性を証明している。