Bicyclomycinの全合成研究

Bicyclomycinは藤沢薬品(現アステラス製薬)で単離構造決定された特異な抗生物質で、グラム陰性菌にも効果があって上市が期待されていたが、残念ながら薬にはならなかった。名前の通り非常にユニークな構造を有しており何とか全合成しようと始めたのだが、学生がもう博士号を取るには十分仕事をやったから、と私から言わせればギブアップ宣言をしたので、その後戸棚に放置してホコリが被った状態が続き、本人もだんだんやる気が無くなって全合成を諦めた情けないプロジェクトである。ただ、考え方としてはUgi反応を利用した面白いルートで窒素の保護基さえ工夫できたら全合成できたはずだと思っている。Ivar Ugi先生にドイツでお会いした時に、この仕事を高く評価されていたのが思い出の一つである。

“Synthetic Approach to Bicyclomycin: Synthesis of the Bicyclic System of Bicyclomycin,” T. Fukuyama, B. D. Robins, and R. A. Sachleben, Tetrahedron Lett., 22, 4155 (1981).

Bicyclomycin (1-1)の逆合成は、まずNに保護基をかけて、側鎖はアルデヒド (1-2) に3炭素を導入すれば良いと考えた。(1-3) をアルデヒドに導くためにはSもしくはSeからのPummerer反応が考えられた。(2-3) のような化合物を産生条件で渡環反応を試みてもスピロ環を形成することは火を見るよりも明らかなので、ここではエナミドに対して酸化的な渡環反応を行えばスピロ環を形成することは避けられると考えた。(2-3) のヘミアミナール部分を開館させると (2-2) になるが、これに脱離基を付加させると (2-1) のようなN-acylamino acidのアミド体に導くことができる。

N-acylamino acidのアミド体を効率的に合成する方法はUgiの4-component condensation (4CC) 反応で、当時はまだそれほど有用性に注目されていなかった。爆発的に注目されたのはCombinatorial Chemistryが登場してからである。カルボン酸、アミン、アルデヒド又はケトン、それにイソニトリルを混ぜてメタノール中で加温するだけで高収率でN-acylamino acidのアミド体が彫られてくる素晴らしい反応である。Passerini反応にアミンを加えただけなのであるが、Ugi反応が世に出るのが40年後というのは驚きである。
まずカルボン酸部分 (2-1) の合成では、最終的にはα-keto-β,γ-unsaturated carboxylic acidにしないといけないので、オゾン分解でケトンを生成したら酢酸の脱離で不飽和カルボン酸になるようにデザインした。Allylbenzene (1-1) はマレイン酸無水物と加熱するとエン反応で (1-2) が生成するのは学生への講義で使ったので出発物として容易に考えられた。この酸無水物 (1-2) をLiAlH4で還元して、得られたジオールをアセチル化して (1-3) を得た。次いで二重結合のオゾン分解とMe2Sを加えることによりアルデヒド (2-3) に変換した。このアルデヒドをMannich反応に付すことによってα,β-不飽和アルデヒド (2-2) が得られた。アルデヒドをカルボン酸にするには過酸を用いれば良いが、MCPBAを使うとカルボン酸同士の分離が大変だし、過酢酸は手元になかったので、少し文献調査をしたところ二酸化セレンと過酸化水素によって酸化する方法が見つかった。このコンビネーションは後にmitomycin Cの全合成において、電子豊富なaromatic aldehydeを大量に Baeyer-Villiger反応するのに大いに役立った。ここでも (2-2) は高収率でカルボン酸 (2-1) に変換することができた。
Aldehydeはallyl ethyl carbonateのオゾン分解で合成し、将来保護基を使うためにスペースを用意する意味でpropylamineとpropyl isocyanideを用いた。この4つの化合物をメタノールに溶かし50度に加熱するとUgi反応が進行して生成物 (1-2) が得られた。次に、二重結合を低温下でオゾン分解するとケトン (2-2) が生成した。Me2Sを加えてもTLC上では (2-2) は変化しなかったので、おそらくオゾン分解によってケトンとギ酸が生成したものと思われる。(2-2) をDBUで処理すると3つの反応が連続して起こり、感化したジケトピペラジン (2-1) が得られた(一石三鳥)。勿論、これも計画通りの反応で、まず、酢酸が脱離してからカルボネートが脱離し、次に環化が起きるという順番である。カルボネートが脱離しないと環化が起きないのが印象に残っている。
アセテート (1-1) の加メタノール分解でアルコール体 (1-2) を得た。これを酸性条件に付すと、予想通りスピロ体 (1-3) が得られてきた。酸化的渡環反応をまずPyHBr3を用いて行ったところ、期待通りの化合物 (2-1) が得られた。このブロマイドはネオペンチル位にあるのでSN2反応は全く起きなかったので (2-2) に変換するのは早々に諦めた。そこで、Pummerer反応を念頭に入れて市販のPhSeClとPyを使って酸化的渡環反応を試みたところ、首尾よく環化体 (2-3) が得られた。
通常Pummerer反応と言えばsulfoxideで行うものだが、selenoxideでも同様に進行する。Selenide (1-1) に1等量のMCPBAを加えてselenoxide (1-2) に変換し、次いでNaOAc存在下で無水酢酸を作用させると円滑に反応は進行して (1-3) が得られた。これをアルデヒドに変換しようとNaOHで加水分解しようと試みたがNMR的にはアルデヒドは全く見えなかった。副反応としては橋頭位がCHになってしまったものが見えていたが、アルデヒドは出来ていても完全に水和されていたのではないかと推察する。この反応混合物にisopropenyllithiumを加えたが (2-3) は得られなかった。そこで水和を防ぐためにアセテートの除去もisopropenyllithiumでやってもらうために低温下で過剰量の試薬を加えたところ首尾よく付加体 (2-3) が得られた。次にJones酸化を行ってケトン (2-2) を得た。(2-2) をOsO4でジオール化すると単一物のジオール (2-1) が得られたが立体化学は決めていない。ここまでやったところで院生がもう博士号を取って出ていきたいと言い張ったので、渋々合成研究を中断せざるを得なかった。中断しっ放しで、そのうち私もやる気がなくなってお蔵入りしてしまった。もう一押しでブレークスルーが得られたのかも。(残念)