Neothramycin A Methyl Etherの全合成

Neothramycin自身は不安定でメチルエーテルとして単離した全合成であるが、これは本来の全合成標的化合物ではなかった。John Linという確かお父さんが台湾出身のライス大学卒の院生で、アメリカでは大学を卒業して同じ大学の大学院に進学するのは少数で他大学の大学院に進学するのが普通だ。彼は多分自宅から通いたかったのだと思う。非常に真面目な学生で私のくだらない冗談は分かってくれるが、自分から冗談を言うのは聞いたことがない。ほんの少しだけLeping Liに助けてもらったが基本的にはJohnの研究で、本来はanthramycinの全合成に挑んでいた。Anthramycin全合成の最後まで辿り着いたのだが、ラセミ化しているかどうかが判明せず、途中で発見したチオエステルをアルデヒドに変換する反応を世に出すのを先行させたので、anthramycinは傍に置いて、eothramycinの全合成に適用して新反応を発表した。Anthramycinの全合成は結局棚に放置したままで埃を被り、結局興味が無くなってJohnの博士論文に収めるだけに終わった。

“Facile Reduction of Ethyl Thiol Esters to Aldehydes: Application to a Total Synthesis of (+)-Neothramycin A Methyl Ether,” T. Fukuyama, S.-C. Lin, and L. Li, J. Am. Chem. Soc.112, 7050-7051 (1990).

ここにはanthramycin (1-1) の逆合成解析を示すが、様々な側鎖を導入できるように (1-2) のビニルハライドを使ってHeck反応で最終化合物を合成しようと企画した。(1-2) はエナミド構造を持つので、β-炭素にハロゲンを導入するのは容易であると考えた。同時にヘミアミナールを開裂させれば (1-3) に導ける。光学活性体を合成するとなると、安価で大量に入手できるL-グルタミン酸を出発点としたい。となれば、(2-4).の脱硫によってエナミド (1-3) を構築すれば良いので、芳香環部を切り離せば (2-3) のようなチオイミデートとなる。これはチオラクタム (2-2) からMeerwein試薬で瞬時に合成できる。チオラクタムは勿論ラクタムをLawesson試薬と加熱できれば合成できるし、AcOCH2基はカルボン酸から還元、アセチル化で得られるので、当面の出発物としてはL-pyroglutamic acid (2-1) を使えば良いということになる。
モデル実験として、チオイミデート (1-1) をベンゾイルクロライドでアシル化したところ、出発物はすぐに消費されたので目的物 (1-2) が得られたと思った。NMRを見てみるとそれらしいピークが存在していたので深くは考えずにRaneyニッケルで脱硫するようにJohnに頼んだ。すぐにTLC上で多点になるのと混合物中にアルデヒドらしきピークが見えると言ってきたので、ちょっと変だとは思ったが (1-2) の構造に間違いは無いと信じていた。そこで (1-2) の二重結合も少し特殊だからダメ元でヒドロシリル化をやってみようと思いついた。手元にはEt3SiHと10% Pd/Cが有ったので、取り敢えずJohnに反応をやってもらったところ、反応がクリーンに進行したというので (2-2) のNMRはどんなピークが見えるだろうとJohnと一緒にNMR室に行ったのだが、最初に目に入ったのがアルデヒドのピークでビックリしてしまった。「何じゃこりゃあ?」と言うわけだが、流石にこの時点で (1-2) の構造は間違っていると思った。ここで幸いだったのは90 MHzのNMRを使っていたのと、質量分析器が故障中でマスが取れなかったことだ。インテグレーションを見れば分かるだろう、と言うかもしれないがNMRのAT (acquisition time) を0.5 sec、PD (pulse delay) を0にして短時間でS/Nを良くしようと思っていたのでインテクレーションは最初から信用していなかった。(NMRに詳しくない学生は何を言っているのか分からないかもね)ちょっと真面目に何が起きたかを考えた結果分かったのが次ページに開設した事実だ。
(1-1) にPhCOClを反応させるとN-アシル化が起きて (1-2) のような付加体が生ずる。この時点で出発物は消費されている。常々学生には反応が終わったらサッサと後処理せよ、と言っているのでこの時点でJohnは後処理をした筈である。もし、ノンビリ反応させていたら脱HClで当然生成すると思っていたエナミド体が出来ていたと思う。後処理中にSN1反応でCl-が脱離して水によってカチオンが捕捉されて (1-3) が生成するだろう。ここでEtSHが脱離するのではなく、歪みのかかった5員環が開裂してチオエステル (2-2) が得られるというわけだ。流石にこの構造式だと分かっていたらEt3SiH-Pd/Cなんて反応をJohnに頼むわけが無い。とにかく瓢箪から駒と言われようが、この便利な反応を見つけたのは「オレ様」なのである! 後日談であるが、Johnの博士論文にはヒドロシリル化を試みた反応が完全に欠落していたので驚いた。学生が自分で考えていないとこういうことになるのか?と言っても、Johnの博士論文の草稿をお前はちゃんと読んだのか?と聞かれると、「そんな暇があれば別のこと考えてるわ」と。まあ、真面目なボスではないな、福山って奴は。
ChemDrawに入っているChemNMRっていうソフトで90 MHz NMRのスペクトルを載せておいた。まあ2 ppm付近をもうちょっと真面目に見ていたらね。
本当はチオエステルからアルデヒドへの新規変換反応はanthramycin (2-2) の全合成に適用して発表しようとしたのだが、どうしても最終化合物の光学活性度が確定できず、どこかでラセミ化したのではないかと思って発表できなかった。しかし、(1-1) から (1-2) への変換は2段階で73%の収率で実行され、その有用性に疑いは無かった。(2-1) はBCl3でベンジルエーテルを除去し、同時にアセトキシ基もメトキシ基に変換された。これをDBU処理でNの保護基を外してanthramycin (2-2) にしたのだが途中でラセミ化しているかもしれないという疑念が残り論文として投稿はしていない。
Anthramycinの全合成は最終段階で頓挫したが、同じような方法でもっと簡単な構造を持つneothramycin (1-1) を合成すればチオエステルの還元反応を世に出せるとと思った。NeothramycinそのものはAとBの混合物になると思ったので、より安定で主生成物であるneothramycin Aのメチルエーテル (1-2) を合成することにした。
市販のバニリン (2-1) のフェノールをベンジル基で保護してからMeO基のパラ位をニトロ化し、次に酸性条件でベンジル基を外して (2-2) を得た。次にフェノールをシリル基(THDMS = thexyldimethylsilyl) で保護し、過マンガン酸カリでアルデヒドをカルボン酸に酸化した。カルボン酸はoxalyl chlorideを用いて酸塩化物 (2-3) に変換した。
市販のL-グルタミン酸 (1-1) をBoc-ON (PhC(CN)=NOBoc: 昔はBoc2Oは市販されてなく、この試薬をBoc化に使っていた)でBoc化し、二つのカルボン酸をEtSH、DCC、DMAPでチオエステル (1-2) に変換した。このBoc基をBF3·Et2O/CH2Cl2で外し、重曹水を加えて直ちに全ページで合成した酸クロライド (1-3) を加えるとN-アシル体 (1-4) が得られる。ここで速やかに操作しないとBoc基が外れたグルタミン酸ジチオエステルは環化してピログルタミン酸チオエステルになってします。(1-4) のニトロ基を亜鉛還元してアミンに変換し、2.5当量のEt3SiHと15 mol%の10% Pd/Cを用いることで3環性の骨格が構築できた。これまでこのような反応は考えられなかったと思うので、私としては「どうだ!見たか!」って言いたいところだった。次にメタノール中でCSAを使って比較的安定なメチルエーテル (2-1) に変換した。最終段階はシリル基の脱保護で、TBAFと酢酸を組み合わせて目的物 (2-2) を得た。実はここでかなりの時間を使ってしまった。というのは最終物の旋光度が合成する度に違っており、また放置しておくと旋光度がどんどん変化してしまった。最終的にはイミンに水が付加したものとの混合物となって旋光度が変化するのだという結論に達した。この全合成とチオエステルからアルデヒドへの変換反応を数例記述した原稿をJACSのオフィスに送ったのだが、おそらく2名の審査員は全合成の経験者でなく反応開発が専門なのだったと思うが「反応としては面白いがこのままでは全合成としても反応開発としても不満足である」という審査結果が返ってきた。(1-4) から (2-1) への変換反応がどれだけ新規かつ不安定な化合物を合成しているのかが理解できない○○が審査したのだと私の血圧は頂点に達し、審査報告を本棚の上に放り上げて数ヶ月頭が冷えるまで何もしなかった。すでに20例ほどのデータは手元に有ったので、血圧が平常に戻ってから表を入れた原稿を再投稿したところ何も言われずにスーッとアクセプトされた。テーブルが無いと論文じゃないと思っている審査員に当たった不幸な物語である。